金曜日, 3月 24, 2006

国技館にパリ?


22日は、両国の国技館で行われた、“エルメス”のイベントリハーサルをのぞかせていただきました。国技館内にパリの広場を出現させ、そこに設営された4つのカフェレストランのテラスで、お客様はゆっくりお食事をしながら音楽の生ライヴを楽しむ、という趣向です。


バンドは、各コーナーにひとつずつの計4グループ。ほかに、ストリートミュージシャン風に練り歩く方たちもいます。知り合いは、身内をのぞきシャンソン歌手のパスカルだけでしたが、会場や楽屋で何人かのミュージシャンとお話することができました。皆、日本に住む外国人プロミュージシャンで、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカ・・と国も様々。アコーディオンのパトリックさんは、テレビCMでもおなじみの有名人、リハでは音楽の段取りを仕切っていました。ちょっとだけジャン・レノっぽい方です。歌手&ベーシスト(もっとできるかもしれませんが)のドミニクさんは、NHKのフランス語講座でおなじみ。それにしても、アコーディオンで活躍する外国人の方が、東京だけでもこんなにいるなんて知りませんでした。他の楽器も皆さんとても上手くて、いろんな方がいるのだなぁ、と感心していました。
しかし、かつてあんなに親しんだはずのフランス語を、一言も発せなかった自分にはショックです。結局、これまた最近さびついている英語を使ってしまった。これでは、パリに行ってもメトロの窓口ですでにめげてしまいそうぅ。。。

雨が降り始め、お客様を迎える時間に私は失礼しましたが、リハーサルで垣間見たゴージャスでお洒落な演出は、さすがエルメス!国技館を使うところもまたにくいですね。<写真は、暗いけれど、こっそり撮った会場の様子。>

帰りがけ、本屋さんに寄ってマンガ雑誌「you」を初めて購入。先日お友達になり、モンポウの演奏会にも来てくれた新進マンガ家・真理子嬢の作品が、4月1日号に掲載されているからです。うん、なかなかかわいいです。がんばれ、真理子ちゃん!また会いましょうね*

木曜日, 3月 23, 2006

モンポウ演奏会



21日、かん芸館でのスペイン音楽シリーズ第4回を終えました。テーマがモンポウということで早くからチケットのご予約をいただき、当日は少々定員オーバーでなんとか収めさせていただきました。休日の午後、お足をお運びくださった皆さまどうもありがとうございました!モンポウの素晴らしさをお伝えしたいという思いのあまり、トークを事前にまとめることができず、結果的には“即興トーク”となりまして、盛りだくさんになりすぎたかもしれないと思っていますが、モンポウファンの方にも初めて聴いた方にも楽しんでいただけたとしましたら、私もとても嬉しいです♪

休憩時間は、スペイン料理の出張料理などをなさっているお友だちのご協力で、日本ではなかなか見ることのないスペインのお菓子の数々を、皆さまにお出しすることができました。次回、この「グラシアサロンコンサートシリーズⅠ」をしめくくる5月20日のコンサート<アルベニス>も、より楽しんでいただけるよう、お送りしたいと思っています。スペインのシャンパン「カバ」と、第1回でお出ししたスペインのお菓子「ポルボロン」をリクエストにお答えしてもう一度、味わっていただきたいと考えていますので、お気軽にお寄りください。(ご予約は、お早めに・・・)

さて、アンコールも終わったところで、王ジャパン・WBC優勝のニュースが!!皆さまから拍手がおこりました。駅のそばでは号外が配られ、街行く人もとても嬉しそう!
この初めてのWBC、いろいろ起こって悲しい気分になったこともあった大会ですが、日本選手の皆さん、紳士的でとても素敵でしたよね。王さんも、本当に素晴らしい人格者。私がとても小さいころからすでに野球界のスターでしたが、今も変わらず、いやますます、かっこいいです。惚れ直してしまいました。

お残りいただいた皆さんと打ち上げで楽しく過ごし、帰宅。マチネだと終電の心配をしなくてすむから、いいですね。また、明日からがんばろう・・・!

(ボックリ博士・中村さん撮影のできたてほやほやの写真を掲載しました*)

音楽と食と・・・

ここのところ、この6月リニューアルオープン予定の杉並公会堂でピアノの弾き込みをしていました。スタインウェイ、べーゼンドルファー、ベヒシュタイン(いわゆる世界三大ピアノメーカー)のフルコンサートグランドを試せるという、ありがたい機会です。特に、ベヒシュタインはフルコンを弾いたことがなかったので、興味津々でした。

たとえば14日は朝9時半から6時まで、弾き込み要員は私一人。数時間ずつ3種のピアノを渡り歩いたのですが、さすがにこんな長時間集中力が続くわけがなく・・・手が動いているだけでは意味がないので、5時過ぎにはギブアップして少し早めに失礼しました。オープン前のため、ピアノについてここで感想を書くことは控えますが、なかなか素晴らしいです。ここで演奏する機会があれば嬉しいな*と思っています。

さてこの週は、世界食品展(Foodex)開催中でした。イタリアンレストランで働くマリオさんのつてで入場券をゲットしたので、ある日の弾き込みが終わった足で、はるばる幕張メッセまで行ってきました。スペインブースでは生ハムやワイン、メキシコではテキーラや珍しいハーブのお茶、韓国ではいろいろな種類のキムチ(サボテンとかレモン入りとか)、アメリカではお肉系をたくさん、・・・などなど、ちょっとずつの試食ですが、気がつけば結構食べていて、おなかもかなり満足。会場をあとにしてから、マリオさんが飲みたい!というので、計4人で今度は舞浜まで行き、駅近くの英国風パブにてビールで乾杯しました。

家に着いたのは11時半ごろ、おなかがすいていたのでしっかり食事をして、ひと仕事してから就寝・・・

ヨーロッパの響き

再び!日記がたまったままになってしまいました!

3月12日は、ベヒシュタイン、ザウター、プレイエルなどのヨーロッパ輸入ピアノ日本総代理店・ユーロピアノへ。映像とピアノ音楽でショパンの世界を旅するというコンサートに伺いました。ショパンの愛したピアノ「プレイエル」、私も最近弾かせていただく機会があるのですが、この楽器は弱音の繊細なニュアンスの幅が広く、特にショパンを弾くと他の楽器では味わえない発見があったりして・・・時には音が聴きとれないくらいだった、というショパンの演奏スタイルが少し理解できるような気がします。でも結構、音は濃厚なんですね。色っぽいというか。このコンサートでは、最近<ショパン紀行>という素敵な本を出版された堀内昭彦さん(写真)とみささん(文)が旅で撮られた写真を映し出しながら、ところどころにピアノ演奏がはさまるという形。ポーランド、フランス、スペインなどの美しい映像に穏やかなお話が染み入り、とても心地よかったです。

さてそのあとは、普段はドイツにいらっしゃることが多いというユーロピアノの取締役・戸塚さんが偶然お顔を出され、しばしお話。初対面だったのですけど、あるジュエリーブランドが作っている、プレイエルのPをかたどった素敵なピンバッチをいただいてしまいました♪偶然にも、戸塚さんも雑誌「ショパン」最新号(4月号)に登場されていますので、機会がありましたら皆さんお読みになってください* ちなみに、私と岡田昌巳さん(スペイン舞踊家)の対談記事は88ページから載っています!

コンサートのお客様がはけたあとは、堀内さんご夫妻や某コンサートサロンのオーナーさんたちと一緒に、地下のショールームへ。ベヒシュタインをいろいろ弾き比べさせていただき、それぞれの素晴らしさを堪能しました。ドイツの会社ですが、実はプレイエルの流れも少し汲んでいるとか。透明さと重厚さをあわせ持つ、品格ある楽器だと思います。プロ仕様のアップライトピアノは、従来のアップライトのイメージを覆す表現力。びっくりしました。同じベヒシュタインでも個性が違うので、それぞれのピアノに合いそうな曲を弾いて楽しませていただきました。少々扱いづらいところがまたいいのです。どう弾いても同じような「いい音」が出てしまう楽器は、逆にストレスがたまってしまって好きにはなれません。
特に気に入った中古のグランドは、売約済となっていました。やはり象牙鍵盤のころのピアノって、いいですね。最近のホールはみんな新しいピアノになってしまって、なんだか味気なかったりします。
そんなことをしているうちに外はすっかり夜。楽しく家路に着きました。

火曜日, 3月 14, 2006

春うららな日のコンサート2

さて本番が終わり、さわやかな気分で会場をあとにしまして、そのまま駅へ向かいました。衣装・楽譜・CDその他の荷物はすべてコインロッカーに入れ、身軽になったら今度は横浜の先、関内まで移動。関内ホールで「ダカーポ」コンサート、1年前に突然亡くなられてしまった政敏さんのお兄様―――“先生”の追悼コンサートに伺うためです。

4時から始まっていたコンサートには、40分近く遅れて入ることになってしまい、「遅れてしまいます」とお伝えしてはいたものの、とても申し訳ない気持ちでした。トークに入ったところで身をかがめて着席しましたが、ふと、自分がガーネット色のパンツに赤のグラデーションのモヘアセーターを着ていることに気づいて、「先生をお送りする会なのに、赤なんて・・」と自分の気の回らなさを反省していました。でも、しばらくして、「先生に初めてお会いした日、私は赤いワンピースを着ていたなぁ。」と思い出し、それで今日は無意識に赤を選んだのかもしれない、と納得することにしたのでした。

コンサートは素晴らしいものでした。構成も、歌も、演奏も・・・。先生の思い出をからめながら綴っていくコンサート、横浜は彼らの地元ということもあり、長いあいだずっと見守ってきたファンの方も多く、時々客席のどこかからすすり泣きが聞こえてきます。お2人の歌声を、お客様も一体となって、天国の先生に届けているようでした。いつまでもかわいらしい広子さんと素敵な政敏さんは、いつお会いしてもとっても仲がよく、こんなことを言ったら失礼かもしれませんが、見ているととても気持ちが和みます。この日のステージでも、「ごちそうさま!」と言いたくなるくらいの睦まじさでした。
「おまけ」の第2部では、政敏さんの口上(すごくおもしろかった)に続いて、広子さんが日舞「越後獅子」を披露。ダカーポのお2人の公演に伺うのは3年ぶりくらいだったと思うのですが、楽しく、そして胸がつんとした、いいコンサートでした。
先生も、きっとどこかから微笑んでいらっしゃったことでしょう。。。

打ち上げは中華街。美味しく中華をいただき、お酒もいただいて服(赤ですよ)と同じような顔色になったところで失礼しようとしたところを政敏さんにつかまり、「シモちゃんいけるねぇ、まぁまぁ飲んで飲んで」とノセられてしまい「いえいえ、もう・・・・そうですかぁ?」と手に持ったグラスはすでにお酒を受けていて・・・意志の弱さが露呈です。
そしてこれで本当にその場を失礼して、2時間近くかけて自宅の最寄り駅までたどり着き、コインロッカーの荷物を忘れずにとって・・・やっと家に帰ったのでした。長い、でもいい一日でありました。

春うららな日のコンサート1

















ここ数日いろいろなことがあったのですが、なかなかパソコンの前に座れず、ちょっとたまってしまいました。では・・

11日は、東久留米市民プラザでのコンサートでした。一日中雨模様で寒かった前日とは打って変わって、これぞ春!といううららかな陽気。普段なら自転車で行くところですが、この日は荷物が多すぎてそれは無理。じりじりしながらバスを待つこと20分近く・・・大分遅れて、まずは美容室に到着。でも大丈夫、会場はすぐそこです!開演45分前に美容室を出ましたが、大事な“バナナ”を買っていなかったことに気づき、お昼抜きのうえバナナもないのではエネルギーが出ない~!と、急いでこれまた向かいにあるスーパーへ。バナナひと房買うためだけに、レジ前の長い列の後ろに並んで、じっと我慢です。

会場に滑り込んだのは開演30分前!お客様はもう集まり始めています。さっと横を抜けて控え室へ。5分前には無事バナナも食べ終わり、いざ出陣。
ここは吹き抜けの高い天井、床からは木も何本か生えていて、周りはガラス張りなので自然光も入るという、とても気持ちのよい空間です。ステージにあるまっ赤なピアノが目をひくのですが、まさかこれを自分が弾くことになるとは想像していませんでした。トークをはさみながらフランス、スペインの名曲を演奏しましたが、弾いていても本当に気持ちがいい!外がよく見えるのですが、前は広場になっていて車の騒音などは入らず、ほどよく集中できます。満員のお客様(立ち見の方も)も、こんなオープンなところでのコンサートなのにそれは静かに集中して、でもリラックスして聴いてくださっていて、感激しました。1時間があっという間に過ぎ、アンコールには、主催の東久留米市コミュニティ振興公社の担当の方のリクエストで「仰げば尊し」を即興風に。そしてやはり、今年がメモリアルイヤーのモーツァルトでしょうということで、トルコ行進曲を演奏しました。




1年前の出会いから私のコンサートには皆勤で、もうすっかり専属カメラマンとなってくださっている“ボックリ博士”さん、この日も浦和から車で駆けつけてくださいました。さっそく送っていただいた写真を掲載します。

さてこの日はまだまだ続きが。その模様は上に・・・

木曜日, 3月 09, 2006

ラジオ・ノスタルジー

7日、FM西東京の番組「ふれあいの扉」にゲストで出演しました。生放送、ほとんど打ち合わせもなしでしたが、パーソナリティの方の素晴らしいリードで20分強の放送時間は楽しくあっという間に過ぎました。以前何回か呼んでいただいたFM高崎のときより、少しこなれてきたかな。こういうトークも演奏と同じで、やはりナマの方がノリますね。それから、相手のいるトークの場合は細かい台本などないほうがやりやすいです。

実は私、ラジオで番組を持つのが夢なんですよ。やったこともないのに言うのもなんですが、DJ、大好きなんです。思えば小学校時代は放送クラブ。卒業時にみんなに書いてもらったサイン帳、仲のよかった用務員さんからのメッセージには「迷アナウンサーとして校内に美声を響かせ・・・」みたいなこと書いてあったなぁ。中学時代には、友人と模擬番組をつくり、テープに吹き込んで遊んでいました。ラジオドラマやったりね。また、高校からの5年間はテレビのない生活だったので、もっぱらラジオを聴いていたのでした。(その5年間にテレビを通じて流行ったものはほとんど知らないし、たとえば昭和天皇ご崩御の折の映像なども、まったく見たことがないのです。)高校から東京に出て一人暮らしという環境の変化、精神的にも不安定な悩み多き年頃・・・深夜眠れないこともあり、毎日ラジオが友達という感じでした。
今は逆に、ラジオチューナーがないので、ラジオの世界はまったく知らないという状況。自分が演奏で出演するFM番組なども、つい聴きそびれているんです。時々、インターネットを通じてスペインのラジオを聞くことはあるんですが・・・FMナシの生活というのはちょっと悲しいな。
よし、チューナー、買おう♪

水曜日, 3月 01, 2006

しつこいアントニオくん

今日の午前中は皮フ科へ。自転車で飛ばして7分の距離、予約開始の9時より前に着きたかったのに、ドアを開けたら思ったより雨が降っていて、やむなく歩いていくことに。おかげで9時15分近くの到着となってしまい、結局、1時間40分待ちとなってしまいました。本を持って行ってよかった。

お恥ずかしいことですがわたくし、右足小指にとてもしつこいウオノメを飼っているんです。アントニオくんと勝手に名前をつけてみました。しばらくはおとなしかったのですが、ここ最近一気に大きな顔をしだして、靴を履いて外を歩くのが憂鬱なほどに。そこで1週間前、2年以上ぶりに皮フ科のお世話になることにしたのでした。最近知り合ったばかりのイタリア人・マリオくんが、「あぁそれ、私もよくなってたよ~。それはね、塩を入れたお湯にですね、足を入れてやわらかくしていくんですよ。それと、カモミールを入れてもいいです。私はそれで治しましたよ」って言うんで、じゃあ次になったときには試してみるねと答えたのですが、とにかく、今回はそんな悠長なことはやっていられない状況です。

先週は、とりあえず上部の固い部分を切って、スピール膏なるものを貼ってもらったのですが、それだけではまだ痛い痛い。その3日後のフラメンコクラスでは右足をつくたびにビーンとひびきまくって、気を失いそうでした。一番つらいサパテアード練習も、顔をゆがめながらなんとかやっていたのですが、どうしても右足がヘンなのでやはりH先生のチェックが入ります。「そんなんじゃだめよっ、もっとこう!打ち込んで!」・・・打ち込んで、って言われても。「・・・ハイ・・」と弱々しく答えるしかない私。しばらくして、あまりにその指がドックンドックンしてきたので、片足立ちで“ケンケン”状態になっていたら、H先生「あらっ、どうしたの?」
――― よくぞ、訊いてくださいました。私「ウオノメを切ったばかりなのでっ!」「あらそ~う、それは大変ねぇ」そう言ってくださったのもつかの間、1分後には「もっとプランタの音どうしたの!タコン!タコンでちゃんと次に打つ足上げて!」
・・・え~ん。なんとか、意識が遠のく前にパリージョ(カスタネット)練習に移りましたが。帰り道々、右足を引きずっていたのは言うまでもありません。。。

さて今日は、スピール膏で軟らかくなった部分をまたハサミで切り、全部とるはずが・・・先生いわく「これ、しつこいね~ぇ!今日全部とれないこともないけど・・・でもそれやると飛び上がるほど痛いはずだから、もう1週間待とうね。」
往生際が悪いぞアントニオ。あぁぁ、また1週間後か。今度は絶対診察順3番以内に入れるよう、がんばります!

ウィスキー発見

長らく休止状態だったオフィシャルサイト、直していただきました!長らくお待たせをいたしましたが、これからもZARABANDA(サラバンダ)をどうぞよろしくお願いします*またおかしなことにならないよう、更新は慎重にいきたいと思いますが、ともかく、日記はブログにあげるようにしたので、「週刊」といわず、書けるときはどんどん書いていきたいと思います。

さて昨日は、打ち合わせを兼ねて高田馬場のジャズ喫茶へ。音楽が流れているとき喋ってはいけないジャズ喫茶もありますが、ここは落ち着いて話もでき、長時間いても飽きないうってつけのところ。寒かったので、まずは希少種というコーヒー「ナチュラル」を頼んだのですが、同席氏が「ジャズには、やっぱりコーヒーよりウィスキーだろう」と言うので、私も真似してカティサークのシングルを。ウィスキーってあんまりこれまで飲まなかったけれど、う~ん、美味しい。私もしかしたら、ワインよりも断然ウィスキーのほうが相性合うかもしれません!
建設的に話も弾み、いい気分にもなったところで、となりのお蕎麦屋さんへ。

今度は熱燗、そして一品料理を。まだ夕方5時だから、ちょっとつまむ程度で・・・と思っていたのに、お食事も美味しいのでつい次々と頼むことになってしまいました。お蕎麦屋の奥さんが私の横を通りぎわ「あら~おねえさん、まぁキレイに召し上がっていただいて~」ですって。考えてみたら私、今日お昼を食べたのは2時近かったんでした。それから3時間後にして、どうでしょうこの食欲。そう、私って、3時間経てば前の食事が消えてしまうらしいのです。皆さんは「それだけエネルギーを使っているんだヨ」と言ってくださるけど・・・なんだか、燃費が悪い感じです。

お蕎麦屋さんを出たら、まだ7時前。帰ってまだひと仕事できるな、と余裕の気分で、帰路に着きました。

火曜日, 2月 28, 2006

こんなアートも

文化庁メディア芸術祭(東京・恵比寿ガーデンプレイス内/写真美術館)に行ってきました。見たところ、館内にはやはりアート系、デザイン系、メディア系の大学生・専門学校生とおぼしきオシャレな若者たちが多かったですが、これぜひ皆さまにお勧めしたい、なんたって入場無料です!

今年で9回目を迎えるこの芸術祭、アート、アニメーション、マンガ、エンターテイメントなど様々な部門で国内外から選ばれた力作、傑作が館内に展示されています。
アニメーション部門の受賞作品(人形美術家の川本喜八郎さん(80歳)が折口信夫の世界を映像化した長編「死者の書」他)は鑑賞できますし(長編の場合、ホールでの上映となるため時間は要チェック)、シンポジウムも目白押し。また“体感”できるアートも多く、一日いても楽しめそうです。見終わって一杯やりたかったらビヤステーションもビヤホールもありますし、優雅に過ごしたいならウェスティンホテル東京もすぐそこ。私、もう一度行くかも。

3月5日まで開催、詳しくは「文化庁メディア芸術祭」のサイトでチェックしてくださいね!

冬も熱い!オリンピック

トリノオリンピックが終わりました。いつになくマスコミが盛り上がっていたような今回の冬季オリンピック、結果的にはメダルは金ひとつとなりましたが、アスリートたちは大きな感動を与えてくれました。ありがとう、そしてお疲れさまでした!

苦戦が続き、もはやすがるような気持ちでみんなが注目していたフィギュア競技。
そして期待通り、荒川静香さんやってくれました、素晴らしかった!彼女は、見ていてなんの心配もなく、もはや“競技”ではなくフィギュアの精が舞っているようでしたね。昨年、あの浅田真央ちゃんに負け続けたことを逆に活かし、曲もコーチも替えるという冒険を決行して、それを全てプラスにしてしまった強さ。「彼女がいてくれたおかげで、忘れていたものを思い出すことができた」といえる謙虚さ、周りに惑わされず自分を見つめられる落ち着き。素敵です。衣装もよかったなぁ。

村主章枝さんの演技には、いつも「今度は何をやってくれるんだろう」とドキドキして引き込まれてしまいます。いつだったかの<ピンクパンサー>も新鮮だったし、今回はスペイン風と、新しいものを取り入れては自分の演技に反映させていく姿がストイックで、とても共感するものがあります。「自分はあくまでも表現者」と言い切る彼女にも、たおやかな外見の奥に秘められた強さを感じますね。彼女もメダルに手が届いても全然不思議ではないと思ったけれど、この“新しい採点方式”って素人にはやっぱりよくわかりませんナ・・・

安藤美姫ちゃんは、あまりのマスコミの加熱ぶりと昨年からの不調、それに対するこころない中傷と、かなり苦しんでしまったのではないかなと想像しています。そのなかでも、スケートに集中しようとすごく努力していたでしょう。オリンピックが終わって、とても晴れやかな顔をしていたのでほっとしました。ミキティはこれから、もっと成長していける歳ですもの、才能あるこういう人を潰さないように見守っていただきたいものです。十代の逸材が控えている日本のフィギュアスケート界、黄金時代はまだまだ続きそうですね。

競技は全部観ていたわけではありませんが、個人的には、スノーボードクロスが楽しかった。また、日本のウィンタースポーツのアスリートたちは(一部を除いて)かなり厳しい状況に置かれている、という問題も表面化しました。資金不足などで練習や遠征も満足にできない選手たちも多いとのこと。オリンピックって何だろう、とふと、思ってしまったのでした。

火曜日, 2月 21, 2006

コンサートのお知らせ


3月21日(火)春分の日、下山静香グラシアサロンコンサートシリーズⅠ<スペイン音楽はいかが>第4回が開催されます。テーマはフェデリコ・モンポウ。~余韻と沈黙のはざまで~と題して、トークをまじえながらモンポウの清冽な音の世界を探ります。スペイン茶菓つき、2時開場、2時15分開演。会場はかん芸館(荻窪)です。空気も緩みだすころ、皆さまのご来場をお待ちしています!

安吾忌

先週は・・・
音楽雑誌「ショパン」の対談記事の取材があり、スペイン舞踊家・岡田昌巳先生のスタジオへ。先生は数日前に公演を終えたばかりでしたが疲れの片鱗も見せず、相変わらずのパワー全開で、1時間半楽しくお話させていただきました。4ページの長寿コーナー<ピアノコンチェルトーク>、掲載は3月20日発売の「ショパン」4月号です*

週末・・・
東京で行われた「安吾忌」に伺いました。今年は坂口安吾生誕100年。ということは、うちのおばあちゃんと3歳しか違わないのか・・・なんだか不思議です。東京の安吾忌に出席するのは2年ぶり。冒頭、安吾ゆかりの地である新潟市(新潟県新津町生まれ)が「安吾賞」を創設したということで、作家の新井満さんが宣言書を読まれました。新潟の関係者の方や、ご長男・坂口綱男さん(写真家)、安吾作品を映画化している手塚眞さんなどとも久しぶりにお会いしました。(あとで参加者リストを見たら、岡野玲子さんも会場にいらっしゃったということが発覚。その気になればほとんどの方とお話できそうなくらいこぢんまりとアットホームな会だったのに、残念!)

前半では、尺八の吉岡龍見さんとギターの中村ヨシミツさんの演奏がありました。尺八もギターも素晴らしく、もっと聴きたい!という感じでした。安吾が力を入れて日本に紹介したサティの音楽からも1曲、お2人でジムノペディの2番を弾かれましたが、尺八とギターですごく合う!あとで吉岡さんにお話をうかがったところ、尺八は“音そのもの”が勝負の楽器だから、サティはすごくしっくりくるのだとおっしゃっていました。桐生(坂口安吾終焉の地)の安吾忌イベントでは、私も昨年、一昨年とサティを演奏させていただきましたが、全曲(結構な数です)を知って俯瞰すると、とても面白い。オリジナルな演出でまた取り組む機会があれば、と思っています。ヨシミツさんにお会いしたのは、金沢かどこかでのお仕事でご一緒して以来、実に10何年ぶり。ギターでの“津軽三味線”も迫真でした。

こんなわけで、年に1回は必ず思い出し、熱烈な安吾ファンの方々のおかげでなんだか身近に感じてしまう坂口安吾さん。20年前に読んだきりの「堕落論」、王道にたちかえってもう一度出してみよう・・・

金曜日, 2月 17, 2006

長崎の旅


先週、長崎へ行っていました。島原、そして熊本側の天草という、長い間弾圧の受難に耐えながら連綿と続いてきたキリシタンの歴史を駆け足で辿る旅でした。

今年は、フランシスコ・ザビエル生誕500年というとても大きな年。スペインはナバーラ出身のザビエルが、遠く日本にたどり着いてキリスト教を伝えたことは知られていますが、日本における西洋音楽事始の粗といえる人物だということはご存知でしょうか?わずか2年少しの滞在ながら、日本に大きな足跡を残したザビエル。そうして日本におけるキリスト教の歴史が始まっていきます。

長崎には、かつては全員がキリシタンだったという村もあり、そこここに素朴な教会が残っていて、今でもその末裔たちが細々と自分たちの教会を守っています。弾圧の時代「踏み絵」の舞台となっていた庄屋の屋敷や神社などを、キリシタンたちが必死の思いでためたお金で買い取り、そこに自らの手で建てたという教会。西洋風の外観から一歩中に入ると畳敷きになっていて、たった今まで信者たちが祈りを捧げていた息遣いが聞こえるような教会。はるかローマへ旅した天正少年使節が学んだセミナリヨ。37000人が非業の死を遂げた「島原の乱」の舞台となった原城跡。・・・旅のガイドをかってくださった神父様が、あまりおもてでは語られない歴史の事実を静かなやわらかい声で説明してくださり、そのたびキリシタンたちの生きた苦しみや、そのなかでも捨てなかった信仰の喜びがリアルにせまってきて、自分の中での処理が難しいほどでした。

1日目は、信者たちが殉教した海が目の前に広がる宿に泊まり、ねずみ色がかって白波をたてる海を見つめました。2日目は荒れる天気のなかフェリーで天草へ。今ならフェリーで30分ですが、あのころどのくらいの時間をかけて渡ったのでしょうか。夜は雲仙へ・・・ここの雲仙地獄も殉教地です。 翌朝は、関西からのカトリック巡礼団のご一行と出発時間が重なり、急きょ、ロビーにあったピアノでミニコンサートとなりました。バッハのコラール・プレリュードから「イエスよ、わたしは主の名を呼ぶ」、そしてスペインの曲を演奏し、皆さまから温かいお言葉をかけていただいたのがとても印象に残っています。

この地の人々は、過去のこととはいえ、身体のなかには迫害した側、された側という歴史が刻まれていて、それをどこかに背負いながら生きているのかもしれません。この問題は今でも、微妙なしこりを残しているようです。
まだまだ多くの訪ねるべきところがあったのですが、それぞれが離れて点在しているため車移動でもなかなか思うようにはいかず、今回は入門編という趣となりました。これを足がかりに、まだまだ考えるべきことがありそうです。

短い滞在でしたが、九州は、関東とは違う文化圏なのだということを実感しました。韓国や中国、台湾にも近く、大昔から外に向かってとても開かれていた土地。南蛮貿易が栄え、鎖国中も国際的な雰囲気が残った長崎・・・鎖国や開国にも、実はこの地方のキリシタン問題が大きく関わっていたというお話を聞き、驚いたと同時に、今までいかに狭い頭で歴史をとらえていたかを痛感しました。

かつての激動の地は、今ひっそりと、海からの風に耐えながら佇んでいます―――

土曜日, 1月 28, 2006

身体が資本、とはいえ病は気から・・・


20日に、今年の弾き初めのとなるソロ演奏会があったのですが、ノロウィルスにでもやられていたのかその前後は体調が思わしくなく、気力ではどうにもならない感じでした。新年早々からこんなことではいけないなと情けなく思いながらも、ともかく本番がこれでちょっと一区切りとなったので、その後の2日ばかり何もせず横になっていました(雪も降りましたしね)。やっと4日目くらいになって体力気力とも元に戻り、途端、憑きものがおちたようにスッキリしてしまいました。わけもなく後ろ向きだった気持ちも、ここ数日はやけに気力がみなぎってきて人生バラ色な感じ。??一体なんだったのでしょうね・・・

さて今日は土曜日ですが、フラメンコクラスはお休み。先生の公演が近いので、それまでは休講になるのです。先週はそんなわけでお休みしてしまった太極拳にも、今日はあとの時間を気にせず、ゆったりと参加できました。最近は、準備体操として時おり「練功十八法」も加わっていまして、これも楽しい。「八段錦」のほうは、一通りやると心臓が活発に動いてくるので目も覚めます。心臓は自分でわかりやすいのでとりあえず書きましたが、本当は内臓全般に効きます。(週一度ではダメ、家でもやらなくちゃ・・・と反省)「簡化24式」は細かく細かく、深めていっているところ。そして後半の「太極扇」はとっつきは簡単なようで、身体の動きに加えて扇の開閉、細かい向きや角度などにも気を配らなければならず、「これはあなどれないぞ」とやっとわかってきました。しかも、型の数は24式の2倍ほど。落ちこぼれないように、なるべく休まないようにしなくては!

こうしてみっちり2時間の太極拳のあと、いつもならこれまたみっちり2時間のフラメンコが待っています。こちらは太極拳とはこれまた全く違うテンポでガンガン進んでいくし、初心者だからといって容赦はしないスパルタ形式。パリージョ(カスタネット)やサパテアード(足さばき)の基礎練習に、セビジャーナス、ファンダンゴ、アレグリアス、ブレリアが同時進行。うっそ~!と思うヒマもなく、とにかく食いついていくしかないのです。(しかし、マゾ体質の私にはこれが合ってるんですね~。)

この2つを通じて、「身体運動に連動させて頭を使っている」という感覚がとてもあって、実はピアノ演奏も同じなのだ、ということをあらためて気づかせてくれます。つきつめれば、生活すべてがそうなのかもしれません。演奏にあたって<心・体・技>がうまく一致せず、悶々と苦しんだのはもうはるか昔の懐かしい思い出ですが、時々は意識化するということも大事なんですね。

月曜日, 1月 16, 2006

音の臨書

寒い寒い雪空の13日、首をモヘアのマフラーでぐるぐる巻きにして、原宿へ。古屋知子さんのひとり語り・新春ライヴが目的です。演目は、近松門左衛門世話浄瑠璃<心中宵庚申>。琵琶の弾き語りも素晴らしいという古屋さんですが、絃に乗せず「音と呼吸から近松を読み解く」“音の臨書”に長年取り組んでいらっしゃるとのこと。近松の心中物は歌舞伎、文楽、舞台といろいろ接してきたけれど、「語り」は初めて。演出は観世榮夫さん、そして折りしも先日のTV番組「その時、歴史が動いた」で近松門左衛門が取り上げられていたこともあり、期待も高まり開演を待ちます。

この<心中宵庚申>は近松70歳、最後の世話浄瑠璃作品で、実際の心中事件をもとに創作された素晴らしいドラマ。語りが始まるや否やその世界にひき込まれ、情景が次々と浮かんで物語が進んでいきます。また、言葉・フレーズが非常にリズミカルで、これは近松が意識して作り出したものなのか、とにかく小気味良い。“お金の問題”とか“許されない恋”とかいった単純な理由(といってしまうのも失礼ですが)の心中ではなく、養子問題、親子の義理、嫉妬、夫婦愛など複雑に絡み、にっちもさっちもいかなくなるというお話なのですが、この状況で何故に「にっちもさっちも・・・」となってしまうのかというポイントが実に日本的、もしかしたらアジア的。義理や人情よりも“個人の自由”が第一の現代の若者からしたら、一言「はぁ~?」かもしれませんねぇ。

古屋さんの素晴らしい語りに導かれてそれぞれの人物に感情移入してしまい、鼻がつんとして目頭熱くなること数回。男性主人公は八百屋の息子(養子)ということで、クライマックスでの会話に種々の野菜の名前が隠されている、という遊び心はいと憎し。毛氈を敷き心中にいたるまでの場面は臨場感あり・・・。1時間半はあっという間に過ぎ、満足して地上に出たのでした。世の中には、素晴らしい人がたくさんいらっしゃるなぁ。限られた一生のうちでは、そのなかのほんのひと握りの方にしかお会いできないのだろうけれど・・・だからこそどんどん外に出て行くべし、出会ってみるべしと思っているのであります。

聴き初め

2006年最初の演奏会は、ゲルギエフ+マリンスキー歌劇場管弦楽団でした(10日)。ゲルギエフを前回聴いたのは、いつだったか・・・ちなみに、最初に生で聞いたのは何年も前のサントリーホール、ソリストはリヒテルで、確か最後の来日の予定だったのですが、なかば予想されていた通りリヒテルはキャンセルとなり、「ああ、やはり・・・」とがっかりしたのもつかの間、オケ曲だけのプログラムとなったコンサートでのゲルギエフの強烈な個性と、その棒にこたえてオーケストラが燃えに燃えホールを鳴らしていくのに驚き、とても興奮したことを昨日のように思い出します。

さて今回の会場は東京オペラシティコンサートホール、ロシア文化フェスティバル2006 in Japan のオープニングガラということで、曲目もチャイコフスキーPfコンチェルト第1楽章(ソロ:上原彩子さん)、プロコフィエフVlコンチェルト第1番(ソロ:諏訪内晶子さん)、そしてラフマニノフのシンフォニー第2番という華やかなもの。
開演に先立って行われたロシア、日本両国からのごあいさつでは、日本側から現れた元首相のMさんの発言に対して突然会場から怒号が飛び(嗚呼・・・失言マシーン健在なり)、音楽会らしからぬ雰囲気に会場に緊張が走った、というおまけがついてしまいました。が、ともかく上原さんの堂々たるチャイコフスキー(1楽章だけというのはちょっと残念でしたね)で雰囲気も一変。外国のオケはほんとにコンチェルトの伴奏がうまいですね。適当に弾いているかのようだけど、的確なバランスと音色。ソリストがどんなに弱音でもちゃんと「立って」聴こえるし、いかなる音色の変化も邪魔しない。
これはウィーンヴィルトゥオーゾと共演したとき(まさに同じオペラシティコンサートホールでした)に経験して感動しましたけど、彼らも、ソリストをどんなことでもやれるような気にさせてしまう、余裕のある音を出すのですね。音のあいだ、というよりもむしろ、“音そのもの”に空気がある。日本ではあまり空気感が育たないのは、「完璧な防音室で年中練習できる」という恵まれた音楽環境の思いがけない弊害なのでしょうか・・・。

後半のラフマニノフもすごい迫力でテンションを保ちきり、アンコールのくるみ割り人形・高速「トレパック」で観客も大喜び、9時半終演。熱い音楽で頭がいっぱいになって(しかも会場が暑かった!)、半ばもうろうとして帰宅しました。
昨年のリサイタルで初めてラフマニノフをプログラムに入れてみた私、今年はさらにもう少し、ロシア音楽に近づいてみようかな。それにしても、挫折したままのロシア語はいつ再開するのか~?

木曜日, 1月 05, 2006

秘密の地下室

実家では、地下にピアノのレッスン室があります。ここはいわば私の図書室。小学校高学年から中学にかけて、壁に並ぶ「世界文学全集」や夏目漱石、森鴎外、志賀直哉といった邦人作家の全集から気まぐれに選んでみたり(ロシア文学の“人名”には、誰が誰だったかわからなくなってしまって苦労しました)、壇一雄、池田満寿夫などのおよそ子ども向きとは思えない本まで、片っ端から読みあさりました。山口百恵さんの「蒼い時」もあったっけ。ちなみに、とても印象に残っているのは遠藤周作の「沈黙」。一気に読みたいのを我慢して数回に分け(ピアノを弾かないわけにはいかないので)、読み終わってからしばらく作品の世界から出られず、考え込んでしまったのを覚えています。友達から借りたマンガ本も(「超人ロック」から「風と木の詩」まで)、1冊ずつ持って下に運んでは、練習の合い間に読む。少女時代の密かな楽しみ(すなわち、ピアノをちょっぴりサボっていたこと)をここに懺悔いたします。

しかし大人になってさすがに「ピアノを練習するときは集中する!」ことを覚えた私の今の楽しみは、「銀座百点」。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、これは銀座百店会が発行している月刊の小冊子で、対談やエッセイ、連載と、軽く読めるうえ品格があり、とても読み応えがあるのです。年末に帰ると1年分がたまっているわけで、滞在中の私の1日は、まず地下に降りて暖房をつけ、部屋とピアノが暖まるまでソファに座り「銀座百点」を読むことから始まります。

エッセイには、毎回そうそうたる顔ぶれが登場して、構成、文調、まとめかたなども勉強になります。さて4月号をめくると、山本一力さんと対談する関川夏央さんのお写真を発見。関川さん原作の谷口ジローマンガ作品の翻訳をしている関係で、時々メールでやりとりさせていただいているのですが、失礼ながらお顔は存じ上げなかったので、相棒にも見せようと思いこの号を拝借してきました。
そういえば、スペインの出版社への作品選びの必要があったとき、父所蔵の手塚治虫全集の一部(100冊あまり)を無理やり送ってもらったまま、まだ返していなかったな。近々お返ししますから、あと300冊(!)がんばって集めてくださいね、お父さん。しかし、美術全集・文学全集・教育雑誌に英字新聞、なんでもかんでも床に積んでいくのはやめてくだされ。~とはいっても、かの海老沢敏先生の書斎も本がタワーのように高く積みあがっていて、まるでジャングル探検のようだったから、「父も学者タイプなのだ」とポジティヴにとらえてあげるべきか・・・う~む。

明治の女性

あけましておめでとうございます。今年も故郷・桐生で新年を迎えました。

祖母が骨折で入院しているので、3日続けてお見舞いに行きました。来週97歳になる祖母を筆頭に、93、91、81歳と元気なご長老4人のお部屋です。耳が遠くなってしまいあまり言葉を発しなくなった祖母とは筆談。同室のおばあちゃまたちとは、行くたびに言葉を交わし、時には若い時分の苦労話を聞いたり、ちょっとした身の回りのお手伝いをしたりと、すっかり顔馴染みになっていました。

もう明日からは来られないという日、なにかを察したのか、祖母のお隣のベッドの93歳のおばあちゃまが「手を握らせて」とおっしゃいました。ベッドから私にまっすぐ伸ばされた手を握ると、ふくよかでとても温かくて、力強く、なんだか私のほうが元気づけていただいたようでした。「またね、元気になってね」と言うと、おばあちゃまはもう片方の手で目を押さえて、泣き出してしまった。「もう私の孫みたいなものだから、お別れはつらいよ。また絶対来て。」というので私も涙がこみ上げてきて、「うん。」というのが精一杯。食欲も旺盛で、明るく人懐こい方、身体のほうが治れば、すぐ元気に退院なさるでしょう。年末年始の数日間しか帰郷する機会のない私、また再び会うことはないかもしれないけれど、とても心に残る出逢いでした。おばあちゃまたち、どうもありがとう。

氷上の花

25日、夕方からN教授の家で忘年会。すでにテーブルの上にはご馳走が並んでいて、K氏がアメ横で買っていらした大トロの自然解凍を待ちつつ、N教授ゼミの学生数人とともにまずはロゼのシャンパンで乾杯です。会場が急遽Nさん宅となったのは、「フィギュアスケートの全日本選手権が見たい!」というK氏の強い要望によるもの。オリンピック代表が決定する大事な日、それはいいアイディア!と私もわくわくです。始まる前からとりあえずつけてあるテレビでは「サザエさん」をやっていて、磯野家の住所、波平さんの年齢などしばし“サザエさんトリビア”で盛り上がります。

フィギュアスケートを見るのは昔から大好きでしたが(どちらかというとアイスダンス)、残念ながら外国選手との差は歴然としているように見え、これまで日本の方にはあまり目が行きませんでした。所詮体型も違うわけだし、不利よね・・・と思っていたらどうでしょう、いつの間にか、世界にひけをとらないトップレベルの方々の才能が花開いていました!グランプリファイナルの浅田真央ちゃんもすごかったし。あんなに楽しそうに軽々とすべるなんて、本当にすがすがしい。見ているこちらの顔まで自然にほころばせてしまうのは、15歳ならではの才能かもしれませんね。水泳、バレーボール、体操とかつては世界に敵なしだった日本のスポーツ界が、ここへ来てまたいろいろな分野で盛り返してきているのが嬉しいし、特に女性の活躍が頼もしいですよね。

個人的には、前回のオリンピックあたりから村主章枝さんが気になっていました。ほっそりとした彼女の情緒ある演技には引き込まれ、涙ぐむこともしばしば。音楽の演奏と同じで、“色”のある演技が好きなんです。選曲もうまいし、演技全体がスケールの大きなひとつの物語として流れている。今回も、皆さんにがんばって欲しいと思いながらも、やはり彼女の演技中は画面に釘付けになってしまいました。

結果はご存知の通り、前日のショートプログラムでの順位を逆転して村主さん優勝!荒井静香さんも素晴らしかった。同じ名前ということもあり、彼女にも注目しています。オリンピック代表は、この2人と安藤美姫さん。それぞれに個性的な3人の舞姫たちは、トリノできっと素敵な夢を見させてくれることでしょう。