水曜日, 9月 14, 2005

カンテ・ホンドにつつまれて

14日は、演奏会開演2時間前に新宿文化センターに到着。リハを終えたフリオと近くの喫茶店でお茶をしましたが、ホールを出る際、日本側のマネージャーに「ど、どこに行くんですかぁぁ」と異常に心配されたらしい。このことだけではなく、来日1週間を待たずして、日本式コントロールにかすかな違和感を感じてきているようです。ふっふっ。日本は、invisibleなコントロールと完璧なるマニュアルによって、ここまでやってきたのだよフリオ君。そしてマニュアルがなければ動けない人種になってしまったのだ。と、このフレーズは口に出しては言いませんでしたけれどね。いくら聡明な彼でも、10日あまりの滞在でそこまで見えるかといったら難しいかもしれないけど、望まないタイミングで人から教えられて夢を壊されるより、自分の目と肌で経験して確かめたほうが断然いいですもの。


さて開場と同時に中に入り、ロビーで仕事をしていると、スペイン・ラテン音楽研究の第一人者H先生やスペイン人フラメンコダンサーのAさん、私の通っているスペイン舞踊研究所主宰のO先生などが続々ご来場。私にとってこの「ロルカの歌」のコンサートはこれが3回目ですが、もちろん日本では初めての公演。CDも持っているけど、やはりライヴはいつもわくわくします。

カルメンを支えるバンドのメンバーは、ギター2本、ヴァイオリン、フルート、コントラバス、パーカッション、そしてパルマ2人。ほとんど私が知っているメンバーですが、パーカッションの女性は初めてでした(上手い!)。あとで聞いたら、前のメンバー“ガリ”は亡くなられたとのこと。私が彼と知り合ったときには、すでに肺がんにおかされていて、多分もう長くないと本人も知っていました。でもそんなことはまったく気にとめていないかのように明るく、すごく楽しい人で、私は大好きでした。天国でもきっと楽しくやっていることでしょう。安らかにお眠りください・・。

さて途中で、フリオがエレキコントラバスに持ち替えようとした瞬間、ハウリング発生。フリオ自身が手元で操作してもどうにもダメ、仕方なく彼は袖に消え、しばらくベースなしで演奏が続きました。一瞬ヒヤッとしたけれど、こういうアクシデントはライヴにはつきもの、どうってことはありません。少しして解決し、事なきを得ました。それにしても、前日にエキスパートがどうのという話をしたばかりだっただけに・・・私としてはちょっぴりばつが悪かったかな。

カルメンが歌いすすむにつれ、ステージも会場もどんどん熱を帯びていき・・・演奏会は休憩なしで9時過ぎまで続きました。ほんとに何回聴いても、いい!この素晴らしさを言葉にしようと思うけどなかなかできません・・・これはぜひ、また機会があったら皆さんにも聴いていただきたいです。

終演後は、メンバーのための特別バスに同乗してホテルまで戻り、ちょっぴりいい気分。ホテルのレセプション近くで「何か食べに行こうか」と話していると、ヴァイオリニスト・天満敦子さんをお見かけしました。ものすごくご無沙汰してしまっていた私は飛びあがって彼女を呼びとめ、ご挨拶。いつものようにとても気さくな天満さん「また、演奏会教えてね」と言ってくださいました。嬉しいお言葉です。こちらこそ、また聴きに伺います!

近くでラーメンを食べて、終電間際で帰宅。そういえば昨日も終電間際だったなぁ。疲れたけどいい1日でした。

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