火曜日, 2月 28, 2006

こんなアートも

文化庁メディア芸術祭(東京・恵比寿ガーデンプレイス内/写真美術館)に行ってきました。見たところ、館内にはやはりアート系、デザイン系、メディア系の大学生・専門学校生とおぼしきオシャレな若者たちが多かったですが、これぜひ皆さまにお勧めしたい、なんたって入場無料です!

今年で9回目を迎えるこの芸術祭、アート、アニメーション、マンガ、エンターテイメントなど様々な部門で国内外から選ばれた力作、傑作が館内に展示されています。
アニメーション部門の受賞作品(人形美術家の川本喜八郎さん(80歳)が折口信夫の世界を映像化した長編「死者の書」他)は鑑賞できますし(長編の場合、ホールでの上映となるため時間は要チェック)、シンポジウムも目白押し。また“体感”できるアートも多く、一日いても楽しめそうです。見終わって一杯やりたかったらビヤステーションもビヤホールもありますし、優雅に過ごしたいならウェスティンホテル東京もすぐそこ。私、もう一度行くかも。

3月5日まで開催、詳しくは「文化庁メディア芸術祭」のサイトでチェックしてくださいね!

冬も熱い!オリンピック

トリノオリンピックが終わりました。いつになくマスコミが盛り上がっていたような今回の冬季オリンピック、結果的にはメダルは金ひとつとなりましたが、アスリートたちは大きな感動を与えてくれました。ありがとう、そしてお疲れさまでした!

苦戦が続き、もはやすがるような気持ちでみんなが注目していたフィギュア競技。
そして期待通り、荒川静香さんやってくれました、素晴らしかった!彼女は、見ていてなんの心配もなく、もはや“競技”ではなくフィギュアの精が舞っているようでしたね。昨年、あの浅田真央ちゃんに負け続けたことを逆に活かし、曲もコーチも替えるという冒険を決行して、それを全てプラスにしてしまった強さ。「彼女がいてくれたおかげで、忘れていたものを思い出すことができた」といえる謙虚さ、周りに惑わされず自分を見つめられる落ち着き。素敵です。衣装もよかったなぁ。

村主章枝さんの演技には、いつも「今度は何をやってくれるんだろう」とドキドキして引き込まれてしまいます。いつだったかの<ピンクパンサー>も新鮮だったし、今回はスペイン風と、新しいものを取り入れては自分の演技に反映させていく姿がストイックで、とても共感するものがあります。「自分はあくまでも表現者」と言い切る彼女にも、たおやかな外見の奥に秘められた強さを感じますね。彼女もメダルに手が届いても全然不思議ではないと思ったけれど、この“新しい採点方式”って素人にはやっぱりよくわかりませんナ・・・

安藤美姫ちゃんは、あまりのマスコミの加熱ぶりと昨年からの不調、それに対するこころない中傷と、かなり苦しんでしまったのではないかなと想像しています。そのなかでも、スケートに集中しようとすごく努力していたでしょう。オリンピックが終わって、とても晴れやかな顔をしていたのでほっとしました。ミキティはこれから、もっと成長していける歳ですもの、才能あるこういう人を潰さないように見守っていただきたいものです。十代の逸材が控えている日本のフィギュアスケート界、黄金時代はまだまだ続きそうですね。

競技は全部観ていたわけではありませんが、個人的には、スノーボードクロスが楽しかった。また、日本のウィンタースポーツのアスリートたちは(一部を除いて)かなり厳しい状況に置かれている、という問題も表面化しました。資金不足などで練習や遠征も満足にできない選手たちも多いとのこと。オリンピックって何だろう、とふと、思ってしまったのでした。

火曜日, 2月 21, 2006

コンサートのお知らせ


3月21日(火)春分の日、下山静香グラシアサロンコンサートシリーズⅠ<スペイン音楽はいかが>第4回が開催されます。テーマはフェデリコ・モンポウ。~余韻と沈黙のはざまで~と題して、トークをまじえながらモンポウの清冽な音の世界を探ります。スペイン茶菓つき、2時開場、2時15分開演。会場はかん芸館(荻窪)です。空気も緩みだすころ、皆さまのご来場をお待ちしています!

安吾忌

先週は・・・
音楽雑誌「ショパン」の対談記事の取材があり、スペイン舞踊家・岡田昌巳先生のスタジオへ。先生は数日前に公演を終えたばかりでしたが疲れの片鱗も見せず、相変わらずのパワー全開で、1時間半楽しくお話させていただきました。4ページの長寿コーナー<ピアノコンチェルトーク>、掲載は3月20日発売の「ショパン」4月号です*

週末・・・
東京で行われた「安吾忌」に伺いました。今年は坂口安吾生誕100年。ということは、うちのおばあちゃんと3歳しか違わないのか・・・なんだか不思議です。東京の安吾忌に出席するのは2年ぶり。冒頭、安吾ゆかりの地である新潟市(新潟県新津町生まれ)が「安吾賞」を創設したということで、作家の新井満さんが宣言書を読まれました。新潟の関係者の方や、ご長男・坂口綱男さん(写真家)、安吾作品を映画化している手塚眞さんなどとも久しぶりにお会いしました。(あとで参加者リストを見たら、岡野玲子さんも会場にいらっしゃったということが発覚。その気になればほとんどの方とお話できそうなくらいこぢんまりとアットホームな会だったのに、残念!)

前半では、尺八の吉岡龍見さんとギターの中村ヨシミツさんの演奏がありました。尺八もギターも素晴らしく、もっと聴きたい!という感じでした。安吾が力を入れて日本に紹介したサティの音楽からも1曲、お2人でジムノペディの2番を弾かれましたが、尺八とギターですごく合う!あとで吉岡さんにお話をうかがったところ、尺八は“音そのもの”が勝負の楽器だから、サティはすごくしっくりくるのだとおっしゃっていました。桐生(坂口安吾終焉の地)の安吾忌イベントでは、私も昨年、一昨年とサティを演奏させていただきましたが、全曲(結構な数です)を知って俯瞰すると、とても面白い。オリジナルな演出でまた取り組む機会があれば、と思っています。ヨシミツさんにお会いしたのは、金沢かどこかでのお仕事でご一緒して以来、実に10何年ぶり。ギターでの“津軽三味線”も迫真でした。

こんなわけで、年に1回は必ず思い出し、熱烈な安吾ファンの方々のおかげでなんだか身近に感じてしまう坂口安吾さん。20年前に読んだきりの「堕落論」、王道にたちかえってもう一度出してみよう・・・

金曜日, 2月 17, 2006

長崎の旅


先週、長崎へ行っていました。島原、そして熊本側の天草という、長い間弾圧の受難に耐えながら連綿と続いてきたキリシタンの歴史を駆け足で辿る旅でした。

今年は、フランシスコ・ザビエル生誕500年というとても大きな年。スペインはナバーラ出身のザビエルが、遠く日本にたどり着いてキリスト教を伝えたことは知られていますが、日本における西洋音楽事始の粗といえる人物だということはご存知でしょうか?わずか2年少しの滞在ながら、日本に大きな足跡を残したザビエル。そうして日本におけるキリスト教の歴史が始まっていきます。

長崎には、かつては全員がキリシタンだったという村もあり、そこここに素朴な教会が残っていて、今でもその末裔たちが細々と自分たちの教会を守っています。弾圧の時代「踏み絵」の舞台となっていた庄屋の屋敷や神社などを、キリシタンたちが必死の思いでためたお金で買い取り、そこに自らの手で建てたという教会。西洋風の外観から一歩中に入ると畳敷きになっていて、たった今まで信者たちが祈りを捧げていた息遣いが聞こえるような教会。はるかローマへ旅した天正少年使節が学んだセミナリヨ。37000人が非業の死を遂げた「島原の乱」の舞台となった原城跡。・・・旅のガイドをかってくださった神父様が、あまりおもてでは語られない歴史の事実を静かなやわらかい声で説明してくださり、そのたびキリシタンたちの生きた苦しみや、そのなかでも捨てなかった信仰の喜びがリアルにせまってきて、自分の中での処理が難しいほどでした。

1日目は、信者たちが殉教した海が目の前に広がる宿に泊まり、ねずみ色がかって白波をたてる海を見つめました。2日目は荒れる天気のなかフェリーで天草へ。今ならフェリーで30分ですが、あのころどのくらいの時間をかけて渡ったのでしょうか。夜は雲仙へ・・・ここの雲仙地獄も殉教地です。 翌朝は、関西からのカトリック巡礼団のご一行と出発時間が重なり、急きょ、ロビーにあったピアノでミニコンサートとなりました。バッハのコラール・プレリュードから「イエスよ、わたしは主の名を呼ぶ」、そしてスペインの曲を演奏し、皆さまから温かいお言葉をかけていただいたのがとても印象に残っています。

この地の人々は、過去のこととはいえ、身体のなかには迫害した側、された側という歴史が刻まれていて、それをどこかに背負いながら生きているのかもしれません。この問題は今でも、微妙なしこりを残しているようです。
まだまだ多くの訪ねるべきところがあったのですが、それぞれが離れて点在しているため車移動でもなかなか思うようにはいかず、今回は入門編という趣となりました。これを足がかりに、まだまだ考えるべきことがありそうです。

短い滞在でしたが、九州は、関東とは違う文化圏なのだということを実感しました。韓国や中国、台湾にも近く、大昔から外に向かってとても開かれていた土地。南蛮貿易が栄え、鎖国中も国際的な雰囲気が残った長崎・・・鎖国や開国にも、実はこの地方のキリシタン問題が大きく関わっていたというお話を聞き、驚いたと同時に、今までいかに狭い頭で歴史をとらえていたかを痛感しました。

かつての激動の地は、今ひっそりと、海からの風に耐えながら佇んでいます―――

土曜日, 1月 28, 2006

身体が資本、とはいえ病は気から・・・


20日に、今年の弾き初めのとなるソロ演奏会があったのですが、ノロウィルスにでもやられていたのかその前後は体調が思わしくなく、気力ではどうにもならない感じでした。新年早々からこんなことではいけないなと情けなく思いながらも、ともかく本番がこれでちょっと一区切りとなったので、その後の2日ばかり何もせず横になっていました(雪も降りましたしね)。やっと4日目くらいになって体力気力とも元に戻り、途端、憑きものがおちたようにスッキリしてしまいました。わけもなく後ろ向きだった気持ちも、ここ数日はやけに気力がみなぎってきて人生バラ色な感じ。??一体なんだったのでしょうね・・・

さて今日は土曜日ですが、フラメンコクラスはお休み。先生の公演が近いので、それまでは休講になるのです。先週はそんなわけでお休みしてしまった太極拳にも、今日はあとの時間を気にせず、ゆったりと参加できました。最近は、準備体操として時おり「練功十八法」も加わっていまして、これも楽しい。「八段錦」のほうは、一通りやると心臓が活発に動いてくるので目も覚めます。心臓は自分でわかりやすいのでとりあえず書きましたが、本当は内臓全般に効きます。(週一度ではダメ、家でもやらなくちゃ・・・と反省)「簡化24式」は細かく細かく、深めていっているところ。そして後半の「太極扇」はとっつきは簡単なようで、身体の動きに加えて扇の開閉、細かい向きや角度などにも気を配らなければならず、「これはあなどれないぞ」とやっとわかってきました。しかも、型の数は24式の2倍ほど。落ちこぼれないように、なるべく休まないようにしなくては!

こうしてみっちり2時間の太極拳のあと、いつもならこれまたみっちり2時間のフラメンコが待っています。こちらは太極拳とはこれまた全く違うテンポでガンガン進んでいくし、初心者だからといって容赦はしないスパルタ形式。パリージョ(カスタネット)やサパテアード(足さばき)の基礎練習に、セビジャーナス、ファンダンゴ、アレグリアス、ブレリアが同時進行。うっそ~!と思うヒマもなく、とにかく食いついていくしかないのです。(しかし、マゾ体質の私にはこれが合ってるんですね~。)

この2つを通じて、「身体運動に連動させて頭を使っている」という感覚がとてもあって、実はピアノ演奏も同じなのだ、ということをあらためて気づかせてくれます。つきつめれば、生活すべてがそうなのかもしれません。演奏にあたって<心・体・技>がうまく一致せず、悶々と苦しんだのはもうはるか昔の懐かしい思い出ですが、時々は意識化するということも大事なんですね。

月曜日, 1月 16, 2006

音の臨書

寒い寒い雪空の13日、首をモヘアのマフラーでぐるぐる巻きにして、原宿へ。古屋知子さんのひとり語り・新春ライヴが目的です。演目は、近松門左衛門世話浄瑠璃<心中宵庚申>。琵琶の弾き語りも素晴らしいという古屋さんですが、絃に乗せず「音と呼吸から近松を読み解く」“音の臨書”に長年取り組んでいらっしゃるとのこと。近松の心中物は歌舞伎、文楽、舞台といろいろ接してきたけれど、「語り」は初めて。演出は観世榮夫さん、そして折りしも先日のTV番組「その時、歴史が動いた」で近松門左衛門が取り上げられていたこともあり、期待も高まり開演を待ちます。

この<心中宵庚申>は近松70歳、最後の世話浄瑠璃作品で、実際の心中事件をもとに創作された素晴らしいドラマ。語りが始まるや否やその世界にひき込まれ、情景が次々と浮かんで物語が進んでいきます。また、言葉・フレーズが非常にリズミカルで、これは近松が意識して作り出したものなのか、とにかく小気味良い。“お金の問題”とか“許されない恋”とかいった単純な理由(といってしまうのも失礼ですが)の心中ではなく、養子問題、親子の義理、嫉妬、夫婦愛など複雑に絡み、にっちもさっちもいかなくなるというお話なのですが、この状況で何故に「にっちもさっちも・・・」となってしまうのかというポイントが実に日本的、もしかしたらアジア的。義理や人情よりも“個人の自由”が第一の現代の若者からしたら、一言「はぁ~?」かもしれませんねぇ。

古屋さんの素晴らしい語りに導かれてそれぞれの人物に感情移入してしまい、鼻がつんとして目頭熱くなること数回。男性主人公は八百屋の息子(養子)ということで、クライマックスでの会話に種々の野菜の名前が隠されている、という遊び心はいと憎し。毛氈を敷き心中にいたるまでの場面は臨場感あり・・・。1時間半はあっという間に過ぎ、満足して地上に出たのでした。世の中には、素晴らしい人がたくさんいらっしゃるなぁ。限られた一生のうちでは、そのなかのほんのひと握りの方にしかお会いできないのだろうけれど・・・だからこそどんどん外に出て行くべし、出会ってみるべしと思っているのであります。

聴き初め

2006年最初の演奏会は、ゲルギエフ+マリンスキー歌劇場管弦楽団でした(10日)。ゲルギエフを前回聴いたのは、いつだったか・・・ちなみに、最初に生で聞いたのは何年も前のサントリーホール、ソリストはリヒテルで、確か最後の来日の予定だったのですが、なかば予想されていた通りリヒテルはキャンセルとなり、「ああ、やはり・・・」とがっかりしたのもつかの間、オケ曲だけのプログラムとなったコンサートでのゲルギエフの強烈な個性と、その棒にこたえてオーケストラが燃えに燃えホールを鳴らしていくのに驚き、とても興奮したことを昨日のように思い出します。

さて今回の会場は東京オペラシティコンサートホール、ロシア文化フェスティバル2006 in Japan のオープニングガラということで、曲目もチャイコフスキーPfコンチェルト第1楽章(ソロ:上原彩子さん)、プロコフィエフVlコンチェルト第1番(ソロ:諏訪内晶子さん)、そしてラフマニノフのシンフォニー第2番という華やかなもの。
開演に先立って行われたロシア、日本両国からのごあいさつでは、日本側から現れた元首相のMさんの発言に対して突然会場から怒号が飛び(嗚呼・・・失言マシーン健在なり)、音楽会らしからぬ雰囲気に会場に緊張が走った、というおまけがついてしまいました。が、ともかく上原さんの堂々たるチャイコフスキー(1楽章だけというのはちょっと残念でしたね)で雰囲気も一変。外国のオケはほんとにコンチェルトの伴奏がうまいですね。適当に弾いているかのようだけど、的確なバランスと音色。ソリストがどんなに弱音でもちゃんと「立って」聴こえるし、いかなる音色の変化も邪魔しない。
これはウィーンヴィルトゥオーゾと共演したとき(まさに同じオペラシティコンサートホールでした)に経験して感動しましたけど、彼らも、ソリストをどんなことでもやれるような気にさせてしまう、余裕のある音を出すのですね。音のあいだ、というよりもむしろ、“音そのもの”に空気がある。日本ではあまり空気感が育たないのは、「完璧な防音室で年中練習できる」という恵まれた音楽環境の思いがけない弊害なのでしょうか・・・。

後半のラフマニノフもすごい迫力でテンションを保ちきり、アンコールのくるみ割り人形・高速「トレパック」で観客も大喜び、9時半終演。熱い音楽で頭がいっぱいになって(しかも会場が暑かった!)、半ばもうろうとして帰宅しました。
昨年のリサイタルで初めてラフマニノフをプログラムに入れてみた私、今年はさらにもう少し、ロシア音楽に近づいてみようかな。それにしても、挫折したままのロシア語はいつ再開するのか~?

木曜日, 1月 05, 2006

秘密の地下室

実家では、地下にピアノのレッスン室があります。ここはいわば私の図書室。小学校高学年から中学にかけて、壁に並ぶ「世界文学全集」や夏目漱石、森鴎外、志賀直哉といった邦人作家の全集から気まぐれに選んでみたり(ロシア文学の“人名”には、誰が誰だったかわからなくなってしまって苦労しました)、壇一雄、池田満寿夫などのおよそ子ども向きとは思えない本まで、片っ端から読みあさりました。山口百恵さんの「蒼い時」もあったっけ。ちなみに、とても印象に残っているのは遠藤周作の「沈黙」。一気に読みたいのを我慢して数回に分け(ピアノを弾かないわけにはいかないので)、読み終わってからしばらく作品の世界から出られず、考え込んでしまったのを覚えています。友達から借りたマンガ本も(「超人ロック」から「風と木の詩」まで)、1冊ずつ持って下に運んでは、練習の合い間に読む。少女時代の密かな楽しみ(すなわち、ピアノをちょっぴりサボっていたこと)をここに懺悔いたします。

しかし大人になってさすがに「ピアノを練習するときは集中する!」ことを覚えた私の今の楽しみは、「銀座百点」。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、これは銀座百店会が発行している月刊の小冊子で、対談やエッセイ、連載と、軽く読めるうえ品格があり、とても読み応えがあるのです。年末に帰ると1年分がたまっているわけで、滞在中の私の1日は、まず地下に降りて暖房をつけ、部屋とピアノが暖まるまでソファに座り「銀座百点」を読むことから始まります。

エッセイには、毎回そうそうたる顔ぶれが登場して、構成、文調、まとめかたなども勉強になります。さて4月号をめくると、山本一力さんと対談する関川夏央さんのお写真を発見。関川さん原作の谷口ジローマンガ作品の翻訳をしている関係で、時々メールでやりとりさせていただいているのですが、失礼ながらお顔は存じ上げなかったので、相棒にも見せようと思いこの号を拝借してきました。
そういえば、スペインの出版社への作品選びの必要があったとき、父所蔵の手塚治虫全集の一部(100冊あまり)を無理やり送ってもらったまま、まだ返していなかったな。近々お返ししますから、あと300冊(!)がんばって集めてくださいね、お父さん。しかし、美術全集・文学全集・教育雑誌に英字新聞、なんでもかんでも床に積んでいくのはやめてくだされ。~とはいっても、かの海老沢敏先生の書斎も本がタワーのように高く積みあがっていて、まるでジャングル探検のようだったから、「父も学者タイプなのだ」とポジティヴにとらえてあげるべきか・・・う~む。

明治の女性

あけましておめでとうございます。今年も故郷・桐生で新年を迎えました。

祖母が骨折で入院しているので、3日続けてお見舞いに行きました。来週97歳になる祖母を筆頭に、93、91、81歳と元気なご長老4人のお部屋です。耳が遠くなってしまいあまり言葉を発しなくなった祖母とは筆談。同室のおばあちゃまたちとは、行くたびに言葉を交わし、時には若い時分の苦労話を聞いたり、ちょっとした身の回りのお手伝いをしたりと、すっかり顔馴染みになっていました。

もう明日からは来られないという日、なにかを察したのか、祖母のお隣のベッドの93歳のおばあちゃまが「手を握らせて」とおっしゃいました。ベッドから私にまっすぐ伸ばされた手を握ると、ふくよかでとても温かくて、力強く、なんだか私のほうが元気づけていただいたようでした。「またね、元気になってね」と言うと、おばあちゃまはもう片方の手で目を押さえて、泣き出してしまった。「もう私の孫みたいなものだから、お別れはつらいよ。また絶対来て。」というので私も涙がこみ上げてきて、「うん。」というのが精一杯。食欲も旺盛で、明るく人懐こい方、身体のほうが治れば、すぐ元気に退院なさるでしょう。年末年始の数日間しか帰郷する機会のない私、また再び会うことはないかもしれないけれど、とても心に残る出逢いでした。おばあちゃまたち、どうもありがとう。

氷上の花

25日、夕方からN教授の家で忘年会。すでにテーブルの上にはご馳走が並んでいて、K氏がアメ横で買っていらした大トロの自然解凍を待ちつつ、N教授ゼミの学生数人とともにまずはロゼのシャンパンで乾杯です。会場が急遽Nさん宅となったのは、「フィギュアスケートの全日本選手権が見たい!」というK氏の強い要望によるもの。オリンピック代表が決定する大事な日、それはいいアイディア!と私もわくわくです。始まる前からとりあえずつけてあるテレビでは「サザエさん」をやっていて、磯野家の住所、波平さんの年齢などしばし“サザエさんトリビア”で盛り上がります。

フィギュアスケートを見るのは昔から大好きでしたが(どちらかというとアイスダンス)、残念ながら外国選手との差は歴然としているように見え、これまで日本の方にはあまり目が行きませんでした。所詮体型も違うわけだし、不利よね・・・と思っていたらどうでしょう、いつの間にか、世界にひけをとらないトップレベルの方々の才能が花開いていました!グランプリファイナルの浅田真央ちゃんもすごかったし。あんなに楽しそうに軽々とすべるなんて、本当にすがすがしい。見ているこちらの顔まで自然にほころばせてしまうのは、15歳ならではの才能かもしれませんね。水泳、バレーボール、体操とかつては世界に敵なしだった日本のスポーツ界が、ここへ来てまたいろいろな分野で盛り返してきているのが嬉しいし、特に女性の活躍が頼もしいですよね。

個人的には、前回のオリンピックあたりから村主章枝さんが気になっていました。ほっそりとした彼女の情緒ある演技には引き込まれ、涙ぐむこともしばしば。音楽の演奏と同じで、“色”のある演技が好きなんです。選曲もうまいし、演技全体がスケールの大きなひとつの物語として流れている。今回も、皆さんにがんばって欲しいと思いながらも、やはり彼女の演技中は画面に釘付けになってしまいました。

結果はご存知の通り、前日のショートプログラムでの順位を逆転して村主さん優勝!荒井静香さんも素晴らしかった。同じ名前ということもあり、彼女にも注目しています。オリンピック代表は、この2人と安藤美姫さん。それぞれに個性的な3人の舞姫たちは、トリノできっと素敵な夢を見させてくれることでしょう。

土曜日, 12月 31, 2005

聖夜に

23、24日は某・会員制高級ホテルでのクリスマスコンサート。歌手3人の方の伴奏とピアノソロで、合計4ステージを行いました。23日第1回目の本番中、ふと何気なく席のほうを見ると、あの大人気スピリチュアルカウンセラーの方が、なにやら打ち合わせ中。わぁ、ホンモノだ!とひそかに思いながら弾いていたのですが、歌手の方々は全然気づかなかったらしい。曲数が多く、当日になって曲が増えたり変わったりということもありうるので気が抜けない本番なのですが、お楽しみは終わったあとの「ル・コルドン・ブルー」のケーキ。(念のため、ケーキのためにやっているわけではありませんよ!)ちなみに、今年は総支配人からとても美味しいシュトーレンを頂戴し、とても嬉しかったのでありました。

クリスマスにむかってボルテージもあがっているだろう恋人たちで華やぐ街を通り過ぎながら、重い荷物を抱えて帰宅。駅から自転車に乗りながらふと速度を落とし、見上げると、済み通った空に星が瞬いていました。こんな風に夜の空を仰いだのは、いったいどのくらい久しぶりのことだろう・・・
小さいころ、とにかく空と雲と星が好きで、「雲博士」と呼ばれ、天文学者に憧れていた私。家の門の脇には大きい木があって、葉を落とす冬にはその細い枝枝の間から星がきらめくので「モチモチの木」と呼んでいたっけ。そしてその夜空は、もっと黒くて、もっとずっとばらまいたように星が見えた。いつまで眺めていても飽きなくて、寒さも感じなかった。

東京の夜空は、あまりにも明るい。その分、星の姿は影をひそめて、私はなんだか悲しいのです。
イエスを祝福するためはるばる旅した三賢王も、きっと宝石が降るような夜空の下を歩いていたのでしょうね。
メリー・クリスマス。

月曜日, 12月 26, 2005

グラシアサロンコンサート第3回


22日(木)はグラシアサロンコンサートシリーズⅠ<スペイン音楽はいかが?>第3回公演。グラナドスのスペイン舞曲全12曲を、トークを交えながら演奏しました。「クリスマス前で気分もいいしね!」と少々安直な動機で選んでしまったこの日にちでしたが、実際はとんでもない、会社の忘年会、連休前、残業・・・などなどで「行きたくても行けない!」という方が続出してしまいました。皆勤を狙っていたのだけど、、、という方もいらっしゃり、申し訳ありませんでした!

それでも、当日になるとほぼ満員のお客様がご来場くださり、師走の多忙をしばし忘れて楽しんでくださいました。第5番「アンダルーサ」や第2番「オリエンタル」はよく知られていますが、全曲が演奏される機会は意外に少ないこの作品。「この曲が気に入った」「この曲でこんなイメージがわいた」など、具体的な感想を伝えてくださった方の多かったことが、新しい経験でした。
休憩時間には、スペインワインと、チーズを4種類。ワインを1本空けずに残して様子を見ていたのですが、全部空けておけばよかったなぁ、もっとお飲みになりたい方もいたのでは・・とちょっぴり反省。アルコールは飲めない方にはウーロン茶と、スペインではクリスマス時期に食べるトゥロンという甘いお菓子を召し上がっていただきました。でもこれ、多分と~っても甘かったと思います。ほんの小さい一切れで、エスプレッソ1杯飲めてしまうくらいかも。

終演後の打ち上げでは、飛び入りで多くの方がご参加くださり、飲んで食べてととても楽しい会になりました。こうして、初めて会ったお客様同士の交流が広がっていくのも、私にとってとても嬉しいことなのです。実は翌日、翌々日も違う本番が続く私でしたが、本番が終わった日の夜にそんなことを考えても始まらない。今日は今日、明日は明日なのでございます。で、いつも使う電車の終電時間をとうに越しての散会となりました。あとで聞けば、途中でお帰りになったのに終電にぎりぎり滑りこんだ!という方も。皆さんありがとうございました!  (撮影:ボックリ博士・中村義政さん)

義理と人情

今日(18日)は楽しみにしていた、久しぶりの文楽鑑賞。朝9時からの管理組合理事会は奇跡的に(?!)1時半前に終了、お昼をちゃんととってから出かけることができました。

高校生のとき初めて歌舞伎を観て、すっかりはまった私ですが、その後、映画のような世界の文楽にも感動し、時々ひとりで行っていた国立劇場、なつかしい・・・。学生でも可能なお値段で入場できるのが、とてもいいですよね。今回の公演に招待してくださった方(今日出演の某家元のご夫人で、著名なオペラ歌手)によれば、最近文楽も大人気で、チケットがすぐに売れてしまうとか。今日は鑑賞教室になっていて、浄瑠璃のあいだに解説が入る楽しい会。もちろん満員です。びっくりしたのは、オペラのように舞台の上部両側に字幕スーパーが出るようになっていたことです。これは、非常にわかりやすい!

演目は、よく知られる<鬼一法眼三略巻~義経と弁慶~・五条橋の段>と<新版歌祭文・野崎村の段>。線が細く華麗な少年義経にうっとり、はたまた<新版歌祭文>では「これぞ日本の美徳!というところなのだろうな」と思いながらにんまり。実際に起きた心中事件が元になっているこの作品、「こうあってほしい」という庶民の願望を反映する形で、観たもののカタルシスを誘う役割もあったのかも、などと想像しました。また、以前とは自分の感じ方変わっているのがわかりました。

そして解説のコーナーでは、語り上手な義太夫と三味線奏者の方が“音楽と語り”についてや楽器や道具のことなど、人形遣いの方は人形を実際に操って例を挙げながら、いろいろ説明をしてくださったのがとてもわかりやすく、おもしろかったのでした。確かに、これを聞いたあとでは、音楽や唄が舞台で繰り広げられている場面とよりよく組み合わさり、一体となって自分の中に入ってくるような気がしました。
3人遣いの人形操作は世界にも類がないとのこと、美しく、日本の誇るべき高度な総合芸術である文楽(ユネスコ認定・世界無形遺産)。ぜひ皆さんも足を運んでみてくださいね!

土曜日, 12月 10, 2005

無人島には必ず持っていこう

先日、やっと岡野玲子さん画・夢枕獏さん原作「陰陽師」最終巻を手に入れました。いや、まだ新刊だし人気の本なので、普通の本屋さんに行けば平積みにされているのですが、最近はもう古本屋さん(アヤしげな本屋から、BOOK ・・Fのようなチェーン店まで)しか寄らなくなっている私。作者さんには大変申し訳ないな、と良心の呵責は感じつつも、もう止まらない古本屋通い。「陰陽師」(全13巻)も半分はこういったお店でゲットしているのです。カバーや中身が新品同様に綺麗な状態のものに出会うまでは、買わずに見過ごすのがまた快感。新刊も、少し我慢して待てば、必ずどこかに現れるのであります。

今をさること20ウン年前、マンガ単行本を初めて自分で買った記念すべき作品「日出処の天子」の作者・山岸涼子さんの文庫版作品集や、岡野玲子さんの本は、少しずつこういうところで集めました。(ちなみに次に狙っているのは、これも少女時代衝撃的だった竹宮惠子さんの作品。萩尾望都さんの全集なら持っているんですけどね。このお2人の心理描写は素晴らしい。)「イスラムの蔭に」という本にページが反転した印刷ミスを発見して、105円に値下げしてもらったことも。そんなときは足取りも軽く(手元は重く!)お店を出て、ついそのへんで珈琲タイムをとってしまったりします。

街の書店さんには、基本的に雑誌と売れセンの本しかないし(というのは偏見ですねゴメンナサイ)、ジュンク堂や紀伊国屋書店、LIBROなどの大規模書店にも時々寄りますが、逆にたくさん本がありすぎて「おっ!」という掘り出し物に出会うのはちょっと難しい。その点、古本屋というのは浪漫があります。池袋の某所で「マニアックだなぁ~」とうなりながら、ほとんど人のいない店内(しかも地下)で時間を忘れて棚をあさっていたら、上からご主人が降りてきて「もう閉めるんだけど。」と言われてしまったことも。

今年のコンサート本番が全て終わったら、知人から借りた整理術の本を参考にして、大胆に家の中のモノたちを処分するつもりでいるのですが、本とCDと楽譜だけは・・・永遠に“がらくた”にはなり得ませんね!

水曜日, 12月 07, 2005

えっさ、ほいさ・・・

今年も11月20日前後から、クリスマスの飾りが早々と現れ始めました。まだ色づいた木々の葉も落ちないし冬のコートも出していないころ、これからひと月以上も「ジングルベル」や「赤鼻のトナカイ」を聴く羽目になるのか・・・と、いつもちょっぴりゲンナリしてしまう私です。でも12月に入って青空が冬の顔に変わり、吐く息も白くなってくると、日に日に盛り上がっていく街のクリスマスムードにこちらの気分もウキウキしてくるのですから、なんともゲンキンなものです。

さて2006年は生誕250年のモーツァルト・イヤー。1月に誕生したということもあり、来年早々からモーツァルトプログラムのコンサートも目白押しなわけですが、先日、先駆けて行われたある記念演奏会に行ってまいりました。

しかし・・・。正直申し上げてわたくし、非常に吃驚したのでした。それは“1”と“2”、上と下しかない、まさに農耕民族のモーツァルトだったのですよ。想像してください、フレージングもオペラティックな会話も、場面転換の休符の意味もなく、まるでシベリア鉄道の車窓からの景色のような(乗ったことないですけど)、一色の変化もない音楽。ある意味、遊びのないモーツァルトってこんな風になっちゃうのですね、という発見です。奏でていらっしゃるのは、名のあるオーケストラの精鋭メンバーからなる合奏団―――

ホールのせいなのかしら(ホール自体はとてもいいホール)、私のいた席のせいなのかしら、なんなのかしら一体これはっ?!と、くらくらしながら会場を出た私。シンフォニーの間にはさまれたピアノ協奏曲でのピアノだけが、音楽的な空気を発していて、それが聴けただけでもよかった~と思いました。ピアノソロが自由に遊びたいパッセージで、なぜか指揮がイチニ、イチニと(決して小さくなく)テンポをきざんでいたのも、ヒジョーに気になってしまいました。モーツァルトのピアノコンチェルトは、オケがプロなら指揮ナシが一番楽で、お互い真剣に感じとろうとするから結果的に音楽がより濃くなる、と思っているのは、私だけかしら。う~ん。この経験のあと私は、1週間以上も悶々としてしまったのでした。

モーツァルト・イヤー、生き生きとしたモーツァルトがどうかたくさん聴けますように。合掌。

木曜日, 11月 24, 2005

世界のキタノの世界

昨日は、なんと日本に帰国して初めて、映画館へ行きました。スペインでは映画館に週1回通った時期もあるというのに・・・なんとも寂しい状況であります。

さ てなにを観たかといいますと・・・「TAKESHIS'」、北野武監督最新作。なにを隠そう、私は北野作品のファンなのです(「HANABI」や 「DOLLS」といった、いわゆる“きれいめ”なものはまだ観ていないのですが)。観たものは全て外国でだったためか、日本にいて観るのとは、もしかした ら少し感じ方が違うのかもしれませんが、ともかく常に新鮮でオリジナル、どんどん進化しているのがまたすごい。
「座頭市」にしても3回見てしまった私としては、この新作にも期待を膨らませまして、開演ぎりぎりに入場。

予 告編で、<SAYURI>(メモリー・オブ・ゲイシャ)の主役があのチャン・ ツィー・イーだということを初めて知り、ちょっと複雑な心境に。チャンツィーイー綺麗でかわいいし(「初恋の来た道」でのあどけなさ、一途さが忘れられな い)、私好きなんですが、この役は日本女性にやってもらいたかったなァ。確か何年も前からこの役公募の話は聞いていましたが、オーディションを重ねた挙句 に結局、日本人ではこれ!という人が見つからなかった、ということなのでしょうか。英語もネックなのでしょうか(さすがに工藤夕貴さんはおさえてます ね)・・・確かに、中国、韓国の俳優さんは「見た目だけ」ではない、才能ある人材が豊富。映画での大画面では演技の深さや質があからさまになってしまいま すから・・日本にも、テレビの枠にはおさまりきれないくらいの演者が出てきて欲しいですね。しかし観るほうが「萌え~」とか言っている世界では、なかなか むずかしいのでせうか。
何はともあれ、コン・リーも久しぶりに見たいし、スピルバーグが芸者の世界をどう描くのか、いろんな意味で興味はひかれました。

ちょっと横道にそれましたが、さて本編。
ス トーリーに関しては、観ていらっしゃらない方のために詳しくは語れない・・・というよりも、語ること不可能?とにかく私個人の感想としていえるのは、たけ しさんの天才を確信したということです。すべてがコラージュされリンクしている手法、かわし、かわしの連続。過去の自作品のシーンまでパロディ(いやオ マージュというべきか)として登場し、わかる人は「にやっ」とできる仕組み。カンヌでも、観客がどうリアクションしてよいかわからずにとまどったそうです が、確かに、理解し難いと思う人も多いでしょう。これまでの映画における北野語も残しつつ、また誰にも追いつけないようなあらたな領域へ、あのいつもの何 でもないような顔でひょいと飛んでしまったような。なにかの番組で「『自分は映画監督だ』なんて思ってない、あくまでも遊び感覚だからこうしてやれてい る」というようなことをおっしゃっていたけど、それがまた天才のなせる業。
映画監督として、なぜか日本ではイマイチ評価されてないのかもしれないけど、これからも大いに期待してます!

木曜日, 11月 17, 2005

秋の夜、ギターを聴く

今日は、ギタリスト荘村清志さん・楽壇生活35周年の記念演奏会。柔らかな響気を持つ紀尾井ホールの空間に、一音一音美しいギターの音がこころよく広がっていきます。レイス、アジャーラ、バリオスといった南米の作曲家の曲、チェコのイルマルの作品や猿谷紀郎さんへの委嘱作品など、盛りだくさんの内容。アジャーラの「南米組曲」からの演奏では、岸田今日子さんが詩を朗読、演奏と朗読が交互にくるという形で、楽しめました。猿谷さん作品とピアソラでは、私のHPにも度々登場しているアコーディオニスト、シュテファン・フッソング氏が共演、ギターとアコーディオンという珍しい組み合わせで絶妙なアンサンブル、素晴らしいデュオを実現していました。(ちなみにシュテファンさんとは、2006年10月の共演が決まりました*今から楽しみです。)

終演後は楽屋口にお邪魔してしばしおしゃべりのあと、帰宅。
予定をやりくりして演奏会に伺って、豊かな気持ちで帰ってこれるって、とても幸せ。素晴らしい演奏にふれるとエネルギーをいただけます。今さらですけど、音楽ってすごいなぁ。

水曜日, 11月 16, 2005

日展散策・横浜の夜

長らくご無沙汰してしまいました。時々覗いてくださっている皆さまに、失礼なことをしてしまい申し訳ありません! では・・・

さかのぼって13日。東京都美術館にて開催中の「日展」に、後援会会員の皆さまとともに伺いました。秋晴れの暖かい日曜日だけあって、上野はかなりの人出でした。着物に道行もショールも必要のない陽気となったので、私もほっと一安心。1時半に入り口に集合したあと、福田千惠(せんけい)先生にご案内いただき日本画のセクションへ。人をかき分けて進みながら、ざわめきのなか福田先生のご説明を聞こうと皆さん耳を寄せます。大作が連なる部屋をいくつか過ぎると・・・ついに、私がモデルをさせていただいた作品<ピアニスト>が目に入りました。

しばらく絵の前にとどまり、鑑賞しながらお話をしていると、まわりにはいつの間にか人だかりが。いろいろな方に話しかけていただき、ちょっぴり気恥ずかしく、でもとても嬉しかったです。
プレイエルという、形に特徴あるピアノの横に、右手を後ろに回して立つ私(といっても私の肖像画というわけではないのですが)、そして背後に“音のシャワー”を表現したという空間が描かれた畳2枚以上という大作と対面して、なんとも不思議な感覚を覚えました。「音のある空間」がそこに留まっている。そこにいる私のような、私でないような<ピアニスト>はなにを思うのか。「右手を隠している」のがなんとも象徴的だ、と感想を述べられた方もいらっしゃいました。私を描きたい、との思いを10年来持ち続け、それを実現してくださった福田先生の強い思い入れを感じ、心から幸せに思っています。
この日ご一緒できなくて、別の日にお足を運んでくださった皆さま、どうもありがとうございました。


15日、横浜のみなとみらい大ホールでの佐渡裕さん指揮・東フィルの演奏会へ。北風が強く、穏やかだった数日前とは打って変わった寒さです。演奏会前に、馬車道の「勝烈庵」にてお食事。ここのカツレツはお肉が柔らかく、全くもたれない。何年ぶりかに来たけど、やはり美味しいです。食後は「馬車道十番館」でお茶、というゴールデンコースのあと、ホールへ向かいました。

少し早く着いたので、佐渡さんにご挨拶するため楽屋へ。夏以来でお会いした佐渡さんは相変わらずエネルギー十分、しかも穏やかなご様子。本番直前、軽食をおとりになっていた最中にお邪魔してしまったにもかかわらず、にこやかにお話してくださいました。

さて本番。イベール「室内管弦楽のためのディベルティメント」という珍しい曲から始まり(佐渡さんがこの曲をお好きだというのがよく伝わってきました!)、次への舞台準備の時間には、佐渡さんがマイクを手に登場!お得意のおしゃべりに客席大受けです。縦笛で「タイガーマスク」のテーマまで披露してしまう姿は、今までの近寄りがたい「指揮者」のイメージを変え、これまでクラシックにあまり縁のなかった人も、オーケストラというものに親しみやすさを感じさせていることでしょう。

ビゼー「カルメン」(第1、第2組曲から)は、これが「フランス音楽」だということをあらためて気づかされる演奏。後半のドヴォルザークの交響曲第8番、いわゆる「ドボハチ」も熱く演じきり、その熱さに思わず、素晴らしかったとの噂を聞いていたNHK交響楽団とのライヴCD<ホルスト:惑星>を購入。会場には、某朝番組のキャスター・小倉智昭さんもいらっしゃっていました。

寒かったけど、いい一日でありました。

木曜日, 11月 10, 2005

お知らせ

ただ今、またもやオフィシャルサイトに問題が・・・申し訳ありません。
そちらでお知らせするはずの情報を、ここに一時的に書かせていただきます。
*今月2日より上野の東京都美術館で開催中の「日展」に、私がモデルとなりました日本画<ピアニスト>が展示されています。作者は、日展評議員の福田千惠(せんけい)さん。会期は今月24日まで。芸術の秋、お手ごろな価格で膨大な数の作品が鑑賞できる「日展」にぜひお出かけください。
*12月22日(木)荻窪・かん芸館で行われる下山静香・グラシアサロンコンサートシリーズ<スペイン音楽はいかが?>第3回「グラナドス:スペイン舞曲集全曲」は、現在予約を受け付けています。クリスマス直前、スペインワインとチーズもお楽しみに。定員55名ですのでお早めに・・・
*季刊のドラえもん専門雑誌「もっと!ドラえもん」2005年冬号(12月1日発売予定)は、<しずかちゃん特集>。ピアノが上手で、ヴァイオリンは好きだけどあまりうまくないというしずかちゃんにちなんで、「クラシック界の静香さん」として登場します。まだ少し先ですが、書店で見かけたら、買ってくださいネ*