月曜日, 10月 30, 2006

六ヶ所村に行きました

27日、青森県・六ヶ所村へ、コンサートに行ってきました。羽田から三沢まで1時間ちょっと、あっという間なんですね。飛行機の乗客の3分の1ほどはアメリカの方、きっと基地関係の軍人さんでしょう。「青森はとっても寒いわよ!」と脅かされて冬支度で行ったのに、着いたら暖かくて汗ばむほど!2日前までは寒かったそうですが、この日はセーターもコートも要りませんでした・・・。
会場へは、空港からさらに車で走ること40分ほど。道中の景色は、どこまでも続く畑と緑、そしてのどかな牧場、紅葉し始めている木々と太陽に輝くすすき・・・まっすぐな道路を走りながら、都会で疲れた目と頭がほぐされていくようでした。何しろ空が広い!こんなのどかな場所に大規模な原発?なんだか不思議な感じです。

六ヶ所村は思ったより広く、最近町もどんどん変わっている、というお話でした。きっと、原発関係で働くために、外からお入りになった住民の方も多いのでしょう。文化会館も立派でした。この日のコンサートは会員制とのこと、ホワイエにならぶ2人掛けソファでくつろぎながら、近くで音楽を聴いていただくというものです。6時から1時間ほど演奏したあとは、また車で三沢へ。オープンしたばかりというお洒落なイタリアレストランでいただいた、獲れたて天然ぶりのカルパッチョが美味しかったです。やはり北の海では、魚も身が引きしまるのですねぇ。
そうそう、ここの名産・長芋の焼酎をお土産にいただいたんです。他では手に入れることが難しい幻の焼酎だそうで、芋焼酎好きの私としては、みんなで味わえる日が待ち遠しいです*

つかの間の滞在でしたが、お世話になった皆さま、ありがとうございました!

日本ハム優勝!

北海道日本ハムファイターズ*日本一おめでとうございます!!

野球にそんなに興味のない私も、ちょっと嬉しい・・というのも、実は私の父がず~っと、日ハムファンだったのです。これまで、失礼ながらあまりパッとはしないチームで、なんで応援し続けているのかなぁ~?とちょっと不思議に思っていたのですけど、東映フライヤーズの時代(前回優勝した頃)に同じ早稲田のOB・安藤元博投手や、同じく母校の桐生高校OB・毒島選手などがいて、熱烈に応援していたらしいのです。
“44年間も1人で応援してきた甲斐があったねぇ!”とおめでとうのファックスを送ったら、返信ファックスには、安藤投手が1人で投げ抜いた、東京六大学野球・伝説の早慶六連戦のことなどが書いてあり、いつもはもの静かな父の青春を垣間見た気がしました。(巨人が、小笠原に大金契約でゆさぶりをかけていることに憤慨してましたぞ。)それにしても、かつて先輩が活躍したチーム、ということだけで(だけで、かどうかはわかりませんが)半世紀近くもめげずに応援し続けるとは・・・律儀です。

しか~し、新庄も引退、ヒルマン監督もどうなるのか、小笠原も・・・と心配の種はありますが・・・北の地から、日本を温かい気分にさせてくれた日ハムの皆さん、これからもがんばってくださいね!

火曜日, 10月 24, 2006

詰めの甘いワタシ


土曜日は防災訓練、フラメンコクラス、青柳いづみこ先生と久しぶりにお会いしてお茶タイム・・・と続いたあと、青山の「モンスーン」で、スペイン語教師として「世界一周の船旅」に乗り込むベアトリスちゃんの“しばしお別れ会”。
ほとんどが初顔合わせの総勢17名(スペイン人13名、日本人4名)でのパーティーとなりました。(写真を撮るころには、いつもほんのり顔になっている私。ベアちゃん、目が閉じてる写真になっちゃってゴメン)おしゃべりに花が咲き気づけば11時半をまわっていて、終電を気にするカディス出身のシルビアちゃんとともにお店を後にしました。
しかし!人の心配をしている場合ではなかった。西武線の終電はほとんど無理と思いましたが、西武新宿線は楽勝、と考えて高田馬場で下車。新宿線への乗り換え階段を悠長に降りていたら、見えたパネルには「終電車」の表示が。ええっ?!と思ったときにはもう遅く、無情にも目の前でドアは閉まってしまいました。うぅぅ~と思いながら、またもや山手線へ逆戻り。結局、こんなとき頼みの中央線を使い、遠い駅からタクシーとなってしまったのでした。反省。

東京人の行動範囲が広いってこともあるけど(いったいどこからどこまでが“東京”なのか)、それにしても、終電が早すぎませんか?しかも週末のほうが早いって・・・平日の方が残業で遅くなる人が多いから、っていう理屈なのかな?マドリッドやバルセロナでは、メトロがない時間でもタクシーが安いので、帰りの時間の心配をする必要がなかったのが、ちょっとなつかしく思い出されます。サラゴサにいたっては、朝4時ごろになってもどこからでも歩いて帰れたし。街の規模が違うから当然なのですが・・・日本に来て日が浅いシルビアちゃんも、「東京って異常!」と言いながら足早に帰って行きました。

なにはともあれ。ベアちゃん、身体に気をつけて楽しんできてね!お土産話が楽しみ。

金曜日, 10月 20, 2006

水野暁さん個展



5,6年前マドリッドの語学学校で知り合い、同じ群馬県人ということもあって交流が続いている、画家の水野暁君の個展 solo exhibition -prologue- が、銀座・彩鳳堂で開かれています。彼の絵が出品される展覧会にはいつも伺っているのですが、今回はなんといっても個展!ちょっとどきどきしながらギャラリーのドアを開けると・・・これまたいつもより緊張気味?の暁くんが。写真では表しきれないですが、ちょっと浅野忠信似、ソフトな印象をかもしだしているけれど多分野生的なところもある、真面目な人です(わけわかりませんか?)。
そんなことはともかく・・一貫して“写実”という仕事に真正面から取り組んでいる彼は、生み出す作品を通して、静かではありますが確実に、世界に何かを発信していると思います。美術界のことはよくわかりませんが、市場が商業的なものであふれている今の時代に、一見地味ともいえる“写実画”が、通り過ぎるだけではない不思議な説得力+αを持っているというのは新鮮な驚きでした。水野暁君の画家としての生き方は、造形作家の礒江毅さんがおっしゃっている「客観的であろうとするからこそ、個性が浮き彫りになってくる」ということを示してくれていると思います。
個展は10月28日(土)まで開催(10時から19時)、会期中無休です。銀座にいらっしゃるときは、ちょっと足を伸ばして彩鳳堂画廊に寄ってみてください。
(写真は、作品「Love&Peace」の前で、この作品のモデルさん[お名前ごめんなさい!後で教えて。]と。)

徹子の部屋・青木十良先生と


今日(19日)、長寿テレビ番組「徹子の部屋」にちょこっと出演しました。ゲストは91歳のチェリスト、バッハの無伴奏ソナタのCDを連続リリース中で、先日の浜離宮朝日ホールでのリサイタルも大評判を呼んだ青木十良さん。ヴァイオリニストだった黒柳徹子さんの御父上様ともおつきあいがあったとのことで、お話もはずんでいらっしゃいました。青木先生は、90歳を超えてなお現役、真摯に音楽と向き合い(勉強していると常に新たな発見がある、と仰る)物腰も頭もやわらかな紳士でいらっしゃり、お話していると時間も忘れてしまうような方。「十良」というお名前の由来や、音楽家になった経緯、奥様とのエピソードなど、楽しいお話ばかりでしたが、30分ほどの時間ではもちろん語りつくせるはずはなく・・・ほんとはもっともっとたくさん、面白いお話をお持ちの方です。演奏なさったカタルーニャ民謡/カザルス編の「鳥の歌」で、伴奏をさせていただきました。またひとつ、素敵な出会いをありがとうございました。
ますますお元気でのご活躍をお祈りいたしております!(下は、出番前に控え室にて)

我々はどこへ行くのか


17日、「川良浩和さんのご本出版をお祝いする会」にうかがいました(会場:アニヴェルセル表参道)。本のタイトルは、「我々はどこへ行くのか」<径書房>、常に世界と向き合い、不可能とも思える企画を次々とたて、見る人に「押し付けず、考えさせる」素晴らしい番組を作り続けていた川良さんが、その激しい仕事のかたわら11年がかりで完成させた、言葉では言い表せないほど素晴らしい本です。皆さん、なにはともあれぜひ読んでください!径書房
川良さんはドキュメンタリストというご職業柄もあるのでしょうが、実に様々なことにご興味をもたれ、そしてひとたびご興味を覚えたら広く、深くその世界に入っていかれる方。音楽・美術など芸術全般にも鋭く確かな感性をお持ちで、私はNHKスペシャル番組で弾いていたピアノが縁でお知り合いにならせていただいたのですが、日本文化もとても愛しておられ、私もいろいろ勉強させていただきました。そういうわけでこの日はぜひ、お祝いと感謝の気持ちを込めて着物で伺おう!と思い、このような姿に。

会の途中でのミニコンサートでは、川良さんとは長いおつき合いのデュオ「ダ・カーポ」、そのお2人のお嬢様でフルーティストの榊原麻理子さん、そして私が、ご本人のリクエスト曲を演奏をすることになっていて、まずはリハーサル。私は麻理子さんの伴奏と、本の中でもちょっと触れてくださっている、アルベニス作曲のピアノ曲「コルドバ」演奏です(もちろん、着物で)。コルドバは、かつて長くイスラム王国が栄えたスペインはアンダルシア地方の古都で、イスラム支配下でも、キリスト教徒やユダヤ教徒を厳しく差別することなく認め合って共存し、学問や文化も大いに花開いていました。その都の名前を冠したこの曲では、音楽のなかにその素敵な調和を感じるのです。20世紀末、冷戦構造が消滅したあとに来る世界として予見された「イスラム教vsキリスト教」の構図が、ますますはっきりした形となってきてしまった今において、私はこの「コルドバ」を演奏するたび、違いを認め合える世界、平和への祈りをこめています。そして、それに共感してくださった川良さんにとっても、お気に入りの1曲となられたようです。

開会すると、ジャーナリスト・山室英男さん、写真家・白川義員さん、俳優・石坂浩二さん、元アナウンサー・小林和男さん、弁護士・岡村勲さん、クリスタルアーツ代表・佐野光徳さんなどなど、私も大尊敬させていただいている素晴らしい方々が実に素敵なスピーチをなさり、とても幸せな気持ちにさせていただいた会でした。多くの方々が口にされていた、「自分はいま、なにをすべきか」という命題を、私もまた穏やかな気持ちで胸に思うことができました。人の一生は、宇宙の営みにくらべたらほんの一瞬です。ささやかでもいいから懸命に生き、世界をつなげ次の世代に渡していきたいものです。「人間、驕るべからず」・・・
(中:川良さん、右:会場のオーナーAOKIホールディングスの副社長・青木氏)

月曜日, 10月 16, 2006

ヒスパニック・ウェイヴ in 津田ホール


<HISPANIC WAVE>シリーズ第1回公演、終了しました!
「より自由に、私らしく」をモットーに、やりたいことをやるという室内楽シリーズ、素晴らしいアコーディオンの名手シュテファン・フッソングさんのお力を得て、いいスタートを切ることができたように思います。ピアノとアコーディオンがこんなに合うなんて知らなかった!という声を多くいただきましたが、実は私もそれが嬉しい驚きでした。(アコーディオンとの本格的な共演は、今回の演奏会が初だったのです。)

意外だったのが、音楽の専門家、クラシック音楽会はこれまであまり行ったことがなかったという方を問わず、現代の作曲家パドロスの作品を気に入ってくださった方がとても多かったこと。「ゲンダイオンガク」という固定観念(語弊ありますが・・・)を裏切るかのように、音質の繊細さと、舞踊的なリズム要素の両方をあわせ持つことと、ピアノも、打楽器用のマレットを使って内部のフレームを叩いたり、弦の上に重りをのせてミュートをかけたりと、“ピアノをいじめない”ソフトな特殊奏法によるいろいろな音がして、面白かったようです。ピアソラは、クラシック界でひところブームになったあくまでもメロディアスで甘い演奏スタイルへのアンチテーゼとして、是非とりあげたかった作曲家。この点でも、シュテファンさんと方向性を同じくしていたので、心おきなく弾けることができました。


シュテファンさんとは、これからも共演の機会を持ちながら、“ピアノ&アコーディオン”音楽の可能性を広げていきたいと思っています。終演後のロビーでは、お忙しいスケジュールをぬってご来場くださった筑紫哲也さんともお話することができました。いらしてくださった皆様、ありがとうございました!
(写真は、おなじみ中村ボックリ博士撮影です。)

せんくら終了!


「せんくら」3日間でのモーツァルトが終わりました!

仙台入りしたのは、台風に影響された秋雨前線が嵐を巻き起こしていた真っ最中。私はともあれ前日夜の10時半ごろ到着できましたが、なんでも、初日の朝10時からのコンサートだったギターの福田進一さんは、すごいアドヴェンチャーを経て本番に間に合ったらしいです。前日、外国から飛行機で成田に着く予定が、嵐のため関空に到着地変更!そこから夜行列車に飛び乗って東京へ、翌朝の新幹線に乗り継いで立ち乗りで仙台入り、開演15分前にホール着、即演奏開始という・・・演奏家ってタフです~。福田さんをはじめ、私もぜひ聴きたいと思っていた演奏会がたくさんあったのですが、始まってしまったらまったくそんな時間はなくて、ちょっぴり残念でした。卒業以来会っていない友人(クァルテット・エクセルシオの面々、高嶋ちさ子ちゃんなど)も何人か出演していたのに、会うこともできませんでした。原田哲男くんだけにはご挨拶できたのですが。ともあれ、一公演1000円で一流の演奏家をたくさん聴ける!という夢のようなフェスティバル、足を運ばれた3万人の方は大いに楽しまれたことでしょう。

私にとって初めての仙台での演奏会、穏やかであたたかいお客様とふれあうことができて幸せでした。サイン会のときに美味しいお菓子の差し入れを下さった方、終わってからメールメッセージをくださった方、どうもありがとうございました!またお会いできますことを楽しみに。
(写真は、ボックリファミリーの小野寺さん撮影)