土曜日, 12月 31, 2005

聖夜に

23、24日は某・会員制高級ホテルでのクリスマスコンサート。歌手3人の方の伴奏とピアノソロで、合計4ステージを行いました。23日第1回目の本番中、ふと何気なく席のほうを見ると、あの大人気スピリチュアルカウンセラーの方が、なにやら打ち合わせ中。わぁ、ホンモノだ!とひそかに思いながら弾いていたのですが、歌手の方々は全然気づかなかったらしい。曲数が多く、当日になって曲が増えたり変わったりということもありうるので気が抜けない本番なのですが、お楽しみは終わったあとの「ル・コルドン・ブルー」のケーキ。(念のため、ケーキのためにやっているわけではありませんよ!)ちなみに、今年は総支配人からとても美味しいシュトーレンを頂戴し、とても嬉しかったのでありました。

クリスマスにむかってボルテージもあがっているだろう恋人たちで華やぐ街を通り過ぎながら、重い荷物を抱えて帰宅。駅から自転車に乗りながらふと速度を落とし、見上げると、済み通った空に星が瞬いていました。こんな風に夜の空を仰いだのは、いったいどのくらい久しぶりのことだろう・・・
小さいころ、とにかく空と雲と星が好きで、「雲博士」と呼ばれ、天文学者に憧れていた私。家の門の脇には大きい木があって、葉を落とす冬にはその細い枝枝の間から星がきらめくので「モチモチの木」と呼んでいたっけ。そしてその夜空は、もっと黒くて、もっとずっとばらまいたように星が見えた。いつまで眺めていても飽きなくて、寒さも感じなかった。

東京の夜空は、あまりにも明るい。その分、星の姿は影をひそめて、私はなんだか悲しいのです。
イエスを祝福するためはるばる旅した三賢王も、きっと宝石が降るような夜空の下を歩いていたのでしょうね。
メリー・クリスマス。

月曜日, 12月 26, 2005

グラシアサロンコンサート第3回


22日(木)はグラシアサロンコンサートシリーズⅠ<スペイン音楽はいかが?>第3回公演。グラナドスのスペイン舞曲全12曲を、トークを交えながら演奏しました。「クリスマス前で気分もいいしね!」と少々安直な動機で選んでしまったこの日にちでしたが、実際はとんでもない、会社の忘年会、連休前、残業・・・などなどで「行きたくても行けない!」という方が続出してしまいました。皆勤を狙っていたのだけど、、、という方もいらっしゃり、申し訳ありませんでした!

それでも、当日になるとほぼ満員のお客様がご来場くださり、師走の多忙をしばし忘れて楽しんでくださいました。第5番「アンダルーサ」や第2番「オリエンタル」はよく知られていますが、全曲が演奏される機会は意外に少ないこの作品。「この曲が気に入った」「この曲でこんなイメージがわいた」など、具体的な感想を伝えてくださった方の多かったことが、新しい経験でした。
休憩時間には、スペインワインと、チーズを4種類。ワインを1本空けずに残して様子を見ていたのですが、全部空けておけばよかったなぁ、もっとお飲みになりたい方もいたのでは・・とちょっぴり反省。アルコールは飲めない方にはウーロン茶と、スペインではクリスマス時期に食べるトゥロンという甘いお菓子を召し上がっていただきました。でもこれ、多分と~っても甘かったと思います。ほんの小さい一切れで、エスプレッソ1杯飲めてしまうくらいかも。

終演後の打ち上げでは、飛び入りで多くの方がご参加くださり、飲んで食べてととても楽しい会になりました。こうして、初めて会ったお客様同士の交流が広がっていくのも、私にとってとても嬉しいことなのです。実は翌日、翌々日も違う本番が続く私でしたが、本番が終わった日の夜にそんなことを考えても始まらない。今日は今日、明日は明日なのでございます。で、いつも使う電車の終電時間をとうに越しての散会となりました。あとで聞けば、途中でお帰りになったのに終電にぎりぎり滑りこんだ!という方も。皆さんありがとうございました!  (撮影:ボックリ博士・中村義政さん)

義理と人情

今日(18日)は楽しみにしていた、久しぶりの文楽鑑賞。朝9時からの管理組合理事会は奇跡的に(?!)1時半前に終了、お昼をちゃんととってから出かけることができました。

高校生のとき初めて歌舞伎を観て、すっかりはまった私ですが、その後、映画のような世界の文楽にも感動し、時々ひとりで行っていた国立劇場、なつかしい・・・。学生でも可能なお値段で入場できるのが、とてもいいですよね。今回の公演に招待してくださった方(今日出演の某家元のご夫人で、著名なオペラ歌手)によれば、最近文楽も大人気で、チケットがすぐに売れてしまうとか。今日は鑑賞教室になっていて、浄瑠璃のあいだに解説が入る楽しい会。もちろん満員です。びっくりしたのは、オペラのように舞台の上部両側に字幕スーパーが出るようになっていたことです。これは、非常にわかりやすい!

演目は、よく知られる<鬼一法眼三略巻~義経と弁慶~・五条橋の段>と<新版歌祭文・野崎村の段>。線が細く華麗な少年義経にうっとり、はたまた<新版歌祭文>では「これぞ日本の美徳!というところなのだろうな」と思いながらにんまり。実際に起きた心中事件が元になっているこの作品、「こうあってほしい」という庶民の願望を反映する形で、観たもののカタルシスを誘う役割もあったのかも、などと想像しました。また、以前とは自分の感じ方変わっているのがわかりました。

そして解説のコーナーでは、語り上手な義太夫と三味線奏者の方が“音楽と語り”についてや楽器や道具のことなど、人形遣いの方は人形を実際に操って例を挙げながら、いろいろ説明をしてくださったのがとてもわかりやすく、おもしろかったのでした。確かに、これを聞いたあとでは、音楽や唄が舞台で繰り広げられている場面とよりよく組み合わさり、一体となって自分の中に入ってくるような気がしました。
3人遣いの人形操作は世界にも類がないとのこと、美しく、日本の誇るべき高度な総合芸術である文楽(ユネスコ認定・世界無形遺産)。ぜひ皆さんも足を運んでみてくださいね!

土曜日, 12月 10, 2005

無人島には必ず持っていこう

先日、やっと岡野玲子さん画・夢枕獏さん原作「陰陽師」最終巻を手に入れました。いや、まだ新刊だし人気の本なので、普通の本屋さんに行けば平積みにされているのですが、最近はもう古本屋さん(アヤしげな本屋から、BOOK ・・Fのようなチェーン店まで)しか寄らなくなっている私。作者さんには大変申し訳ないな、と良心の呵責は感じつつも、もう止まらない古本屋通い。「陰陽師」(全13巻)も半分はこういったお店でゲットしているのです。カバーや中身が新品同様に綺麗な状態のものに出会うまでは、買わずに見過ごすのがまた快感。新刊も、少し我慢して待てば、必ずどこかに現れるのであります。

今をさること20ウン年前、マンガ単行本を初めて自分で買った記念すべき作品「日出処の天子」の作者・山岸涼子さんの文庫版作品集や、岡野玲子さんの本は、少しずつこういうところで集めました。(ちなみに次に狙っているのは、これも少女時代衝撃的だった竹宮惠子さんの作品。萩尾望都さんの全集なら持っているんですけどね。このお2人の心理描写は素晴らしい。)「イスラムの蔭に」という本にページが反転した印刷ミスを発見して、105円に値下げしてもらったことも。そんなときは足取りも軽く(手元は重く!)お店を出て、ついそのへんで珈琲タイムをとってしまったりします。

街の書店さんには、基本的に雑誌と売れセンの本しかないし(というのは偏見ですねゴメンナサイ)、ジュンク堂や紀伊国屋書店、LIBROなどの大規模書店にも時々寄りますが、逆にたくさん本がありすぎて「おっ!」という掘り出し物に出会うのはちょっと難しい。その点、古本屋というのは浪漫があります。池袋の某所で「マニアックだなぁ~」とうなりながら、ほとんど人のいない店内(しかも地下)で時間を忘れて棚をあさっていたら、上からご主人が降りてきて「もう閉めるんだけど。」と言われてしまったことも。

今年のコンサート本番が全て終わったら、知人から借りた整理術の本を参考にして、大胆に家の中のモノたちを処分するつもりでいるのですが、本とCDと楽譜だけは・・・永遠に“がらくた”にはなり得ませんね!

水曜日, 12月 07, 2005

えっさ、ほいさ・・・

今年も11月20日前後から、クリスマスの飾りが早々と現れ始めました。まだ色づいた木々の葉も落ちないし冬のコートも出していないころ、これからひと月以上も「ジングルベル」や「赤鼻のトナカイ」を聴く羽目になるのか・・・と、いつもちょっぴりゲンナリしてしまう私です。でも12月に入って青空が冬の顔に変わり、吐く息も白くなってくると、日に日に盛り上がっていく街のクリスマスムードにこちらの気分もウキウキしてくるのですから、なんともゲンキンなものです。

さて2006年は生誕250年のモーツァルト・イヤー。1月に誕生したということもあり、来年早々からモーツァルトプログラムのコンサートも目白押しなわけですが、先日、先駆けて行われたある記念演奏会に行ってまいりました。

しかし・・・。正直申し上げてわたくし、非常に吃驚したのでした。それは“1”と“2”、上と下しかない、まさに農耕民族のモーツァルトだったのですよ。想像してください、フレージングもオペラティックな会話も、場面転換の休符の意味もなく、まるでシベリア鉄道の車窓からの景色のような(乗ったことないですけど)、一色の変化もない音楽。ある意味、遊びのないモーツァルトってこんな風になっちゃうのですね、という発見です。奏でていらっしゃるのは、名のあるオーケストラの精鋭メンバーからなる合奏団―――

ホールのせいなのかしら(ホール自体はとてもいいホール)、私のいた席のせいなのかしら、なんなのかしら一体これはっ?!と、くらくらしながら会場を出た私。シンフォニーの間にはさまれたピアノ協奏曲でのピアノだけが、音楽的な空気を発していて、それが聴けただけでもよかった~と思いました。ピアノソロが自由に遊びたいパッセージで、なぜか指揮がイチニ、イチニと(決して小さくなく)テンポをきざんでいたのも、ヒジョーに気になってしまいました。モーツァルトのピアノコンチェルトは、オケがプロなら指揮ナシが一番楽で、お互い真剣に感じとろうとするから結果的に音楽がより濃くなる、と思っているのは、私だけかしら。う~ん。この経験のあと私は、1週間以上も悶々としてしまったのでした。

モーツァルト・イヤー、生き生きとしたモーツァルトがどうかたくさん聴けますように。合掌。

木曜日, 11月 24, 2005

世界のキタノの世界

昨日は、なんと日本に帰国して初めて、映画館へ行きました。スペインでは映画館に週1回通った時期もあるというのに・・・なんとも寂しい状況であります。

さ てなにを観たかといいますと・・・「TAKESHIS'」、北野武監督最新作。なにを隠そう、私は北野作品のファンなのです(「HANABI」や 「DOLLS」といった、いわゆる“きれいめ”なものはまだ観ていないのですが)。観たものは全て外国でだったためか、日本にいて観るのとは、もしかした ら少し感じ方が違うのかもしれませんが、ともかく常に新鮮でオリジナル、どんどん進化しているのがまたすごい。
「座頭市」にしても3回見てしまった私としては、この新作にも期待を膨らませまして、開演ぎりぎりに入場。

予 告編で、<SAYURI>(メモリー・オブ・ゲイシャ)の主役があのチャン・ ツィー・イーだということを初めて知り、ちょっと複雑な心境に。チャンツィーイー綺麗でかわいいし(「初恋の来た道」でのあどけなさ、一途さが忘れられな い)、私好きなんですが、この役は日本女性にやってもらいたかったなァ。確か何年も前からこの役公募の話は聞いていましたが、オーディションを重ねた挙句 に結局、日本人ではこれ!という人が見つからなかった、ということなのでしょうか。英語もネックなのでしょうか(さすがに工藤夕貴さんはおさえてます ね)・・・確かに、中国、韓国の俳優さんは「見た目だけ」ではない、才能ある人材が豊富。映画での大画面では演技の深さや質があからさまになってしまいま すから・・日本にも、テレビの枠にはおさまりきれないくらいの演者が出てきて欲しいですね。しかし観るほうが「萌え~」とか言っている世界では、なかなか むずかしいのでせうか。
何はともあれ、コン・リーも久しぶりに見たいし、スピルバーグが芸者の世界をどう描くのか、いろんな意味で興味はひかれました。

ちょっと横道にそれましたが、さて本編。
ス トーリーに関しては、観ていらっしゃらない方のために詳しくは語れない・・・というよりも、語ること不可能?とにかく私個人の感想としていえるのは、たけ しさんの天才を確信したということです。すべてがコラージュされリンクしている手法、かわし、かわしの連続。過去の自作品のシーンまでパロディ(いやオ マージュというべきか)として登場し、わかる人は「にやっ」とできる仕組み。カンヌでも、観客がどうリアクションしてよいかわからずにとまどったそうです が、確かに、理解し難いと思う人も多いでしょう。これまでの映画における北野語も残しつつ、また誰にも追いつけないようなあらたな領域へ、あのいつもの何 でもないような顔でひょいと飛んでしまったような。なにかの番組で「『自分は映画監督だ』なんて思ってない、あくまでも遊び感覚だからこうしてやれてい る」というようなことをおっしゃっていたけど、それがまた天才のなせる業。
映画監督として、なぜか日本ではイマイチ評価されてないのかもしれないけど、これからも大いに期待してます!

木曜日, 11月 17, 2005

秋の夜、ギターを聴く

今日は、ギタリスト荘村清志さん・楽壇生活35周年の記念演奏会。柔らかな響気を持つ紀尾井ホールの空間に、一音一音美しいギターの音がこころよく広がっていきます。レイス、アジャーラ、バリオスといった南米の作曲家の曲、チェコのイルマルの作品や猿谷紀郎さんへの委嘱作品など、盛りだくさんの内容。アジャーラの「南米組曲」からの演奏では、岸田今日子さんが詩を朗読、演奏と朗読が交互にくるという形で、楽しめました。猿谷さん作品とピアソラでは、私のHPにも度々登場しているアコーディオニスト、シュテファン・フッソング氏が共演、ギターとアコーディオンという珍しい組み合わせで絶妙なアンサンブル、素晴らしいデュオを実現していました。(ちなみにシュテファンさんとは、2006年10月の共演が決まりました*今から楽しみです。)

終演後は楽屋口にお邪魔してしばしおしゃべりのあと、帰宅。
予定をやりくりして演奏会に伺って、豊かな気持ちで帰ってこれるって、とても幸せ。素晴らしい演奏にふれるとエネルギーをいただけます。今さらですけど、音楽ってすごいなぁ。

水曜日, 11月 16, 2005

日展散策・横浜の夜

長らくご無沙汰してしまいました。時々覗いてくださっている皆さまに、失礼なことをしてしまい申し訳ありません! では・・・

さかのぼって13日。東京都美術館にて開催中の「日展」に、後援会会員の皆さまとともに伺いました。秋晴れの暖かい日曜日だけあって、上野はかなりの人出でした。着物に道行もショールも必要のない陽気となったので、私もほっと一安心。1時半に入り口に集合したあと、福田千惠(せんけい)先生にご案内いただき日本画のセクションへ。人をかき分けて進みながら、ざわめきのなか福田先生のご説明を聞こうと皆さん耳を寄せます。大作が連なる部屋をいくつか過ぎると・・・ついに、私がモデルをさせていただいた作品<ピアニスト>が目に入りました。

しばらく絵の前にとどまり、鑑賞しながらお話をしていると、まわりにはいつの間にか人だかりが。いろいろな方に話しかけていただき、ちょっぴり気恥ずかしく、でもとても嬉しかったです。
プレイエルという、形に特徴あるピアノの横に、右手を後ろに回して立つ私(といっても私の肖像画というわけではないのですが)、そして背後に“音のシャワー”を表現したという空間が描かれた畳2枚以上という大作と対面して、なんとも不思議な感覚を覚えました。「音のある空間」がそこに留まっている。そこにいる私のような、私でないような<ピアニスト>はなにを思うのか。「右手を隠している」のがなんとも象徴的だ、と感想を述べられた方もいらっしゃいました。私を描きたい、との思いを10年来持ち続け、それを実現してくださった福田先生の強い思い入れを感じ、心から幸せに思っています。
この日ご一緒できなくて、別の日にお足を運んでくださった皆さま、どうもありがとうございました。


15日、横浜のみなとみらい大ホールでの佐渡裕さん指揮・東フィルの演奏会へ。北風が強く、穏やかだった数日前とは打って変わった寒さです。演奏会前に、馬車道の「勝烈庵」にてお食事。ここのカツレツはお肉が柔らかく、全くもたれない。何年ぶりかに来たけど、やはり美味しいです。食後は「馬車道十番館」でお茶、というゴールデンコースのあと、ホールへ向かいました。

少し早く着いたので、佐渡さんにご挨拶するため楽屋へ。夏以来でお会いした佐渡さんは相変わらずエネルギー十分、しかも穏やかなご様子。本番直前、軽食をおとりになっていた最中にお邪魔してしまったにもかかわらず、にこやかにお話してくださいました。

さて本番。イベール「室内管弦楽のためのディベルティメント」という珍しい曲から始まり(佐渡さんがこの曲をお好きだというのがよく伝わってきました!)、次への舞台準備の時間には、佐渡さんがマイクを手に登場!お得意のおしゃべりに客席大受けです。縦笛で「タイガーマスク」のテーマまで披露してしまう姿は、今までの近寄りがたい「指揮者」のイメージを変え、これまでクラシックにあまり縁のなかった人も、オーケストラというものに親しみやすさを感じさせていることでしょう。

ビゼー「カルメン」(第1、第2組曲から)は、これが「フランス音楽」だということをあらためて気づかされる演奏。後半のドヴォルザークの交響曲第8番、いわゆる「ドボハチ」も熱く演じきり、その熱さに思わず、素晴らしかったとの噂を聞いていたNHK交響楽団とのライヴCD<ホルスト:惑星>を購入。会場には、某朝番組のキャスター・小倉智昭さんもいらっしゃっていました。

寒かったけど、いい一日でありました。

木曜日, 11月 10, 2005

お知らせ

ただ今、またもやオフィシャルサイトに問題が・・・申し訳ありません。
そちらでお知らせするはずの情報を、ここに一時的に書かせていただきます。
*今月2日より上野の東京都美術館で開催中の「日展」に、私がモデルとなりました日本画<ピアニスト>が展示されています。作者は、日展評議員の福田千惠(せんけい)さん。会期は今月24日まで。芸術の秋、お手ごろな価格で膨大な数の作品が鑑賞できる「日展」にぜひお出かけください。
*12月22日(木)荻窪・かん芸館で行われる下山静香・グラシアサロンコンサートシリーズ<スペイン音楽はいかが?>第3回「グラナドス:スペイン舞曲集全曲」は、現在予約を受け付けています。クリスマス直前、スペインワインとチーズもお楽しみに。定員55名ですのでお早めに・・・
*季刊のドラえもん専門雑誌「もっと!ドラえもん」2005年冬号(12月1日発売予定)は、<しずかちゃん特集>。ピアノが上手で、ヴァイオリンは好きだけどあまりうまくないというしずかちゃんにちなんで、「クラシック界の静香さん」として登場します。まだ少し先ですが、書店で見かけたら、買ってくださいネ*

火曜日, 11月 08, 2005

スペインの夜に時計は要らない

昨日は建築家・Nさんと1年以上ぶりにお会いすることになり、「スペイン談義にはやはりバルでしょう」と、最近オープンした恵比寿のスペインバルへ向かいました。スペイン料理店とは名ばかりの「・・・え~っ?」というお店も多いなか、ここTio Danjoはスペイン人のあいだでも「とても美味しい」と評判のお店。以前からレストランだったお店の1階部分に、あらたにバルもオープン、しかも私のお友達が今お手伝いしているというので、早く行ってみたいと思っていたところでした。

会うときはいつも「食べる」「飲む」のシチュエーション、私が大いに食べるということはすでによ~くご存知のNさん。混み始める前の6時半に入り、まずワインはボトルでカタルーニャの赤を頼み(・・・銘柄忘れました)、タパスは全部美味しそうなのでシェフにおまかせして、スタートからすでにおしゃべりエンジン全開です。お互いもともとよくしゃべるのですが、お酒が入ってますます調子が出ていきます。ガウディ、バルセロナ、マスコミ世界についてはいつも出る話題、カラヤンとベームで自己表出、演出について、ピカソあたりから“恋愛と芸術”、そして“芸術家は激動の人生を送るべきか”というテーマへ。“芸術のために人生そのものをプロデュースする”ということができるのか。そこに“計算”は入るのか・・・
(注:この間、私は食欲もクレッシェンド)
果たして激動を生きようと意識して生きられるものなのか。「激動」と「破天荒」の定義。自己コントロールにおける創造者と再現者の違い。――― こんなことをぐるぐると廻らせていると、不安定に揺れていた学生時代を思い出してしまいました。

自分でも気づいていない(気づきたくないのかも)面をするどく突かれたりして、時々ひそかにどっきりしながら、何気なく時計を見ればすでに11時。それにしても、おもに“立って飲む”スタイルのバルで4時間半居座り、2人で12皿以上(これ以上だということは確かだけど正確には覚えていない)のお料理をたいらげるなんて、あまりないのではないでしょうか!?(ちなみに前日、父妹と銀座の老舗で食べたイタリアンのコース、美味しくはあったのですが何しろ量がつつましやかで・・・2時間後にはおなかがすいてしまい、急いで補給しなければならなかったのでした)

駅でお別れし、いそいで帰宅。実は恵比寿は私にとって、実ることのなかったある恋の思い出が残る場所。そのせいかまだあまり足を向けられず、この駅に近づいたり遠ざかったりするときにはいつも、切なくなるのです。

帰ったら、思ったよりもワインが頭に効いていて、仕事は手につかず。あきらめて、就寝。。。

日曜日, 10月 30, 2005

雨の下でジャズ

今日は、フラメンコ帰りに<阿佐ヶ谷ジャズストリート>に寄り道(寄り道というより通り道なのですが)。阿佐ヶ谷の街中がジャズ一色になる、年1回の大イベントです。ディキシーの流しなどを聴きつつ歩いたあと、駅前広場ステージでのライヴを1時間立ち見。小雨のぱらつくなか、広場はぎっしりの人。カンザスシティバンドでは特にノリノリでした。上手いなぁ。久しぶりに山下洋輔さんなど聴きたかったけれど、結局チケットは買わず無料ステージのみになってしまいました。(実は、山下さんはコンサートホールでしか聴いたことがないのです。)来年は、もう少し計画的に来ようと思います。

吉祥寺、荻窪、阿佐ヶ谷といったこの中央線沿線の一帯は、文化度の高い注目エリア。ジャズ、クラシックなどのフェスティバル、そしてお祭りなど、それぞれ個性あるイベントを定着させて、非常に成功しているようです。きっとお互いが刺激しあい、いい意味での競争になっているのでしょうね。美味しいものかわいいもの、そしてオリジナルなものもたくさん見つかるこのあたり、結構好きで時々出没しております。

日曜日, 10月 23, 2005

寝だめカンタービレ

今日は、午前11時起床!いつも最低2つはかけておく目覚まし時計も、今日ばかりはなし。外はすっきり爽やかな青空が広がり、まるでスペインでの日曜の朝のようです。その日の予定を何も気にせずに起きられるって幸せ・・・とにかく実に、気持ちがよかった。

近くのAさん宅にホームステイしている友人のホセルイスが、スペイン料理を振舞う、というのでお昼のお誘いをいただき、歩いて5分ほどのお宅へ。大きいお鍋に海老やムール貝の踊るパエリャが、いままさに完成せんとしていました。聞けば、鯛の前菜をつくるのに、細かい骨をひとつひとつ取り除いていくところからなんと4時間を費やしたとか!!その細かさには、Aさんご家族もびっくり。昨夜はご家族が寝静まってからも彼1人、台所で黙々と下準備に没頭していたそうな。意外に思われるかもしれませんが、スペイン人男性ってほんと、マメで真面目な人が多いんですよ。

ワインとともに美味しくお料理をいただき、ケーキとコーヒーまでご馳走になりご機嫌になった私、そのままご主人に駅まで車で送っていただきました。参宮橋で打ち合わせの後、国立オリンピック記念青少年総合センターのホールで行われた、日本モーツァルトコアーによるモーツァルト<レクイエム>演奏会を聴かせていただきました。今回と同じく茂木一衛先生指揮で、万霊節にはウィーンのシュテファン大聖堂で公演をなさるそうです。音楽の流れを損なわない適度なお話もちょうどよく、生と死を思いながら全曲を聴き終わったときには、濃い音楽を味わったという充実感と、こころよいカタルシスを感じていました。

よく寝て、よく食べ、そして音楽にひたる・・・極楽そのものですね。ありがたいという気持ちを、ピアノ演奏を介して、少しでもお返ししていきたいなぁと思いました。<それにしても「ねだめカンタービレ」なんて、もうゼッタイどこかで使われてるって・・・>

木曜日, 10月 20, 2005

和の世界へ

昨日は、カナダと日本の友好を願うある国際交流クラブの例会にお邪魔しました。1人での初参加でしたが、40名ほどのアットホームな雰囲気だったため、開会ほどなくいろいろな方々と知り合い、お話しをすることができました。カナダ産ワインもほどよく入ったところで、カラー&イメージコンサルタント、占星家としてご活躍の酒井尚子さんのトークがあり、さらに盛り上がったのでした。

酒井さんのお名前は存じ上げていましたが、お会いするのは初めて。淡くて明るい色のお着物をさりげなく着こなしていらっしゃって、とても素敵でした。テーマは「運のいい人、悪い人」。運は人を介してやってくる、というのはとても納得のいくお話。自分の運がいいなというときは、周りの人にもおすそ分けしてあげることが大事、というのにも、とてもうなずいてしまいました。思えば私も、これまで多くの人に助けられ、運をいただいてきたのだと思います。みなさんどうもありがとう!という気持ちになり、とてもパワーをいただいて、晴れやかな気分で会場をあとにしたのでした。

今日は朝から、着つけのお教室へ。昨日も酒井さんを含め何人かお着物の方がいらっしゃり、いつか私も自分で着られるようになるぞ!という気持ちがまたあらたになりました。私もこれまで西洋にのみウツツを抜かしてきたわけではなく、奥深い日本の文化は愛してやまないのですが、実践となると・・・“浴衣”にすら数回しか袖を通したことがない(しかも人任せ)、という状態。それがとても不自然かつ居心地悪くなってきた、今日このごろなのでした。
故郷の桐生はかつて「機の町」として栄え、最盛期には町の人々は1日に数回衣装替えをしていたほどだそうです。そんなことも意識し始めたということなのでしょうか。昨年の仕事でご一緒したフジTVアナウンサー・阿部知代さんも同郷、さすがにしゃきっと粋にお着物を着ていらっしゃいましたが、やはりご自分で、さっと着られるとのこと。かっこいい~!と思いました。長く奥深い道のりだと思いますが、楽しんで身につけられたらと思っています。

日曜日, 10月 16, 2005

Dreams shouldn't come true (sometimes...)

今朝は、極度の疲労と安堵が混じりあった目覚めでした。演奏家や音楽学生ならきっと誰でも見たことのある夢、そう、「本番演奏会に間に合わない!」というやつを見てしまったのです。

私はもともとリアルな夢を見るほうで(カラーかモノクロかなどという次元ではないのです)、目覚めてもしばらく現実と夢の区別がつかないこともしばしば。最近は回数がぐっと減りましたが(これは実際は夢を見ていても単に覚えていないということなんですよね)、高校時代には、毎日のように宇宙規模のSFスペクタルな夢ばかり見ていた時期があり、夢日記で一冊の本が書けるんじゃないかと思ったほどです。でも「夢を記すとそれが現実になる」と誰かから聞いたので、恐ろしくて結局やめました。

さて今日の夢は、「室内楽の演奏会本番の日」という設定。3時から会場リハなのに、目が覚めたのがなんと3時!ドレスも靴もなんにも用意していなかったためとにかく必要なものを大きなバッグに詰め込みながら、頭の中では「どうしよう!」がグルグル。演奏曲の楽譜を手に取ったとき「これ、ほとんど練習してない・・・」ということに気づき、血の気が引いていきます。とにかく1秒でも早く会場に着かなくては、と、寝ぼけ顔のまま出発。

なのにどうしても、体がうまく前に進まない。駅までの道も間違える・・・そのうち一人の女の人に呼び止められ、あろうことか一目惚れされたらしく(!)しつこく追いかけられ、なんとか振り切ります。(その人から渡された名刺の名前も覚えてます!)どうにかこうにか見知らぬ駅に着いたときには、すでに4時半。そして上野行きという特急が、今まさにホームから出て行くところでした。「あぁぁ~!行っちゃった!次の電車は!?」表示板を見てそのホームに降りたのに、そこに待っていたのは逆方向へ行く電車。これでは本番にも間に合わない!!と頭が白~くなったところで、ゆるゆると目が覚めました。

演奏会本番で、もう舞台の袖にスタンバイしているのに、弾く曲をまったく練習していないとか、「私、これから何を弾くんだっけ!」とかいうのもよくある夢。面白いことにこの種の夢って、演奏会の予定が少し空いて、リラックスしているはずのときに見るんです(少なくとも私の場合)。夢を見ているとき、からだの中では何がおきているんでしょうね。悪夢の場合、大体は危機一髪で目覚めますけど、筋肉が硬くなっていたり喉がカラカラだったり、心臓の動悸がものすごかったり・・・。やっぱり、脳の活動が身体の状態を操っているということなのかな。先日もフルマラソンを走った夢を見て、起きたら両足の筋肉が棒のようにぐったりしていたし。夢って、不思議な世界ですね。

日曜日, 10月 09, 2005

秋祭りの季節、開幕


ス ペインでは、土・日の朝といえばゆっくり寝ていられるのが楽しみだったのですが、ここではそんな生活、夢の また夢でございます。もともと週末や祝日に演奏会の本番が入ることが多いし、理事会やら弾き合いやらといった会合関係も大体日曜日だから、とにかく朝から 夜までフル回転するしかない。そうはいっても大丈夫、合い間合い間にちゃんと楽しんでおります。

例えば今日は、お隣K市の「市民祭り」へ お邪魔し、国際交流会のテントへ。市民でもないのにしっかり売り子となって、数時間お手伝いさせていただきました。前にフリーマーケットをやったときにも 思ったけれど、お店をするって楽しいですね。私の場合、太っ腹にまけてあげちゃうところが玉にキズかもしれませんが・・・。

こ のへんは結 構畑が多く、そこここに無人の野菜スタンドがあります。そう、置いてある缶に100円を入れて、勝手に持っていくやつ。これには、スペイン人の友人皆「あ り得ない~」と言って驚きます。(あちらじゃなりたたない、というんですね、野菜もお金も盗まれちゃうだろうから。)そんなわけでこういうお祭りでは大 概、おいしい野菜の直売があるのも嬉しいのです。なにしろ、スーパーの野菜とは味が全然違いますよね。土の香り、濃い味がぎゅっとつまってる感じ。今回 は、葉っぱが完全にわさわさっとついたままの、大きな大根をゲット。畑を持つのが夢の私ですが、東京でも結構、それ叶えることができるんじゃないかしら? と思えてきました。

一旦家に戻り練習したあと、夜は打ち合わせのため荻窪へ。今日も長い一日でした。

土曜日, 10月 08, 2005

静かに熱狂、太極拳

今日・明日は、太極拳全国交流大会が開催されています。フラメンコクラスでみっちり2時間、おもにファンダンゴを踊ったあと、いそいで原宿の国立代々木競技場・第一体育館へ。入ったのはすでに参加者(グループの部)の表演も終わり間近でした。300人以上がいっせいに演じるというグループもあって、びっくり。内容も使われている音楽もヴァリエーションがあって、楽しめました。

一日目を終えたところでの表彰では、中国から審査にいらしていた先生のほか、元総理の羽田孜さんも賞を授与。羽田さんはこの大会の会長だそうです。そうそう、参加なさった方々のなかには94歳、93歳をはじめとして80歳以上の方が何人もいらっしゃいました。年齢に関係なくやれるところが太極拳の素晴らしいところですね。最後に全員で簡化24式を、というときには私も下に降りて、一緒にやりました。気持ちよかった!1回通せば、冷え性の私も手先まで血が通います。なんでも、太極拳をやると、身体にあるチャクラが全部活性化するそうです。

さて私の目あては、最後に行われる中国の老師たちの表演でした。かなり予定時間より遅れて始まった表演では、ひとりずつ中国の老師(先生)がそれぞれ違ったものを演じられ、とても見ごたえがありました。奥が深い世界、ほんの入り口にいる自分ですが、とりあえず、始まったばかりの扇(太極扇-たいきょくせん-というそうです)を早く覚えたい!と燃える気分で体育館をあとにしました。

原宿にいるついでに久しぶりに寄った表参道の回転寿司屋さんで、お皿をタワーのように積み上げたのち、いい気分で帰路に着いたのでした。

日曜日, 10月 02, 2005

ほろ酔いコンサート

かん芸館に着き、上を見上げると、大きな窓から白黒の素敵な写真が見えました。それは音楽家を撮ることでは世界的なカメラマン、林喜代種さんのお撮りになったもの。この「かん芸館」には素敵なギャラリーもあり、数日前まで彼の写真展が行われていたのですが、今回のコンサートのためにそのまま展示してくださっていたのでした。ご配慮に感謝です。

5時半ごろまでいろいろと準備をしてから、音出しリハーサル。ピアノの周りでは、林さんと、ボックリ博士の中村さんのお二人がカメラのシャッターを切り続け、途中でいらした日本画家の福田さんはそのわきでデッサンなさっている、という不思議な光景が。ぎりぎり6時15分までリハーサルしてから控え室に駆け込み、バナナ!チョコレート!蜂蜜レモンのドリンク・・・とたて続けにいただいてエネルギー補給しました。

この日は満員御礼。初めて私の演奏会に足をお運びくださったお客様、またクラシックのコンサート自体が初めて、といった方もいらっしゃり、新鮮な気持ちでした。このシリーズも2回目なので、トークも少しなめらかになったかな?・・・ロドリーゴのピアノ曲はほとんどの方が初めてだったことと思いますが、お話しながらだったこともあって、あまり構えずに聴いていただけたようです。でもちょっとお話しすぎたのか、前半終わったところですでに、開演から1時間が経っていました(予測はしてましたが)。

休憩では、スペインの夏にはかかせない「サングリア」のサービス。赤ワインをベースにフルーツも入った、少し甘めのアルコールドリンクです。こちらも前回の「ポルボロン」に続いて、スペイン出張料理<アル・アリモン>さんのお手製。美味しい!と大好評でした。私もつい、誘惑に負けてふた口、み口・・といただきながら、お客様に混じって少しおしゃべリ。「味見」のつもりでしたが、結構顔が赤くなって・・・

後半、ちょっとだけほろ酔いで開始。お客様も、ちょっとお酒が入ったことでよりリラックスなさっています。サロンでのコンサートは、「お客様との距離が近い」ということがプラスに働いたとき----気のキャッチボールを実感したときとか----、なんとも気持ちがいいですね。そうでないと、「大きいホールでの演奏会のほうが楽だ」と思ってしまったりする。不思議なものです。アンコールには、ショパンのノクターン遺作。このプレイエルはやはり、ショパンを弾いたとき本当に嬉しそうに鳴ります。ということでこのシリーズでは、アンコールにいつもショパンを弾くことにしています。
次回は12月22日(木)。プログラムはグラナドスのスペイン舞曲集、スペインワインとチーズとともに皆さまをお待ちしています!

禁断?の「舞台裏」

かん芸館での「スペイン音楽シリーズ」第2回のこの日。リハーサルが5時からと遅めなので、朝の太極拳の練習にはちゃんと出ることに。しかも、今日から「扇」にも入るんですもの、休むなんてもったいない!

1時間の気功・24式のあと、場所を室内に移して扇の練習開始。室内に移るのは、扇を開閉するときの音でご近所に迷惑をかけないためです。10数人がいっせいにバッ!とやると、かなり迫力ある音がするのです。ピアノ弾きのクセに手先が結構不器用だったりする私(フラメンコのパリージョ<*カスタネットのこと>だって、右手がうまくできなくてめげてるんです)、ちょっと不安がありましたが、この日やった3種類の開き方はとりあえずクリアー。これからの練習が楽しみです。

なんて、ずいぶんのん気そうですが、実は戦争のような一日。練習から戻り、まずは今日のプログラム作りにとりかかります。といっても、曲目を原語と日本語で記しただけの簡単なものですが、一からやっていたら意外に時間もかかります。なぜ前もってやっておかないのか!?とお叱りがきそうですが、それはほぼ不可能なのです。毎日、一番目の前にあることから処理していくと、最低限の睡眠時間を確保するためにはどうしても何がしかの仕事を次の日に回すことになるのですが、例えばこの前日は、締め切り日の夜が明けてしまわないうちに原稿を送るべく、12時半過ぎてもまだパソコンに向かっていたわけで・・・

さてとりあえず人数分のプリントが終わって、入浴。パソコンに向かっていると、腕の筋肉が冷えたり固まったりしてしまうことがあり、これは楽器を弾くにはよくありません。そんなときは、この期に及んで練習などするよりも体を温めることが一番。そうそう、だから温泉地での演奏会というのは、とってもいいんですよ。そういう場所では私は必ず、本番の前に温泉に入ります。すると身体もぽかぽか、気分もリラックスして演奏に向かえるのです。夏用ではない入浴剤を探して、湯船にポン。時間が気にならないといったら嘘になりますが、とりあえず芯が温まるまでは待たなくてはなりません。そのあいだ頭の中では、今日の演奏曲の暗譜確認。これで、身体のほうはリセット完了です。

ピアノの前に座りちょっと指ならしをして、楽譜をコピーをするため急いで外出。コンサート当日に、長い道のりを何冊もの厚い楽譜を持っていくのは体に負担がかかってしまいます。というわけで、薄い楽譜以外はコピーをして、会場に持って行くことが多くなりました。ついでに本番には欠かせない、エネルギーの素・バナナも購入。

お昼ごはんもそこそこに、前の日の夜に用意して並べておいた荷物をまとめていざ出陣、ヘアサロンへ向かいます。ここのところずっとお願いしている美容師さんは穏やかなタイプで、お話していても気持ちの落ち着きを保つことができます。予定時間ぴったりに終了し、会場へ。荻窪の駅から、「背中のリュックがちょっと重いナァ~」などと思いながらてくてく歩いていますと、ふと目の前に写真家の林喜代種さんの姿が。そのまま、一緒にかん芸館へと向かいました・・・(以下、part2へ)

月曜日, 9月 26, 2005

秋の香り

サ ウジアラビア大使館主催・サウジ建国記念日のパーティーに伺いました。開始時刻前からかなりの人。さすがに いろいろなお国の方、民族衣装の方がいらっしゃり、日本ではないような雰囲気でした。ルイス・ガルベ(私の敬愛するピアニスト)の奥様から聞いた、アラブ の王族の館に招かれたときのお話を思い出して、彼女がとても美味しかったといっていた、あのチーズに蜂蜜がかかったお料理はあるのかな、と探してみました が、見当たりませんでした。そして、もちろんお酒類はなしで、美味なるお食事の数々を楽しませていただきました。お国の方とお話してみたかったのですが、 残念ながらその機会はあまりなく、そのかわり、いろいろな分野でご活躍の日本の方々に、興味深いお話を聞くことができました。

帰りは、ま だそんなに遅い時間ではなかったので、駅から家まで歩きました。夜になるともう、うすいカーディガンをはおっただけでは肌寒いころになりましたね。今年 は、秋の訪れが少々早いような気がします。去年の9月中旬に奏楽堂で行ったリサイタルの日などは真夏の蒸し暑さで、上野公園内をホールまで歩く間に20箇 所くらい蚊に刺されて、両足が赤い水玉模様になってしまったのに・・。秋は大好きな季節、でも、青空が見えないと・・やはりさみしいですね。

マンションのゲートをくぐろうとしたとき、周りの生垣からほのかにいい香りが。花も白いし、銀木犀に似た香りと思ったけれど、違うのかな。
私 にとって、「香り」は新しい季節の訪れや天気の変化を知らせてくれるもの。そして「視覚」よりももっとずっと強く、過去の想いや出来事を呼び起こしてくれ るものなのです。毎年、秋が来た!と実感させてくれるのは金木犀の香り。遠くからでも「私はここよ!」って気づかせてくれて、本当にいい匂い。それにくら べて銀木犀はもう少し秘めやかで、こちらも私は好きです。  

そういえば、韓国ドラマ<夏の香り>のなかで、主人公が「蓮の花って、どうして遠くに咲くか知ってる?遠くのほうが、もっとよく香るから」というようなことを言っていたっけ。蓮の花って、どんな香りがするんだろう・・・

水曜日, 9月 14, 2005

カンテ・ホンドにつつまれて

14日は、演奏会開演2時間前に新宿文化センターに到着。リハを終えたフリオと近くの喫茶店でお茶をしましたが、ホールを出る際、日本側のマネージャーに「ど、どこに行くんですかぁぁ」と異常に心配されたらしい。このことだけではなく、来日1週間を待たずして、日本式コントロールにかすかな違和感を感じてきているようです。ふっふっ。日本は、invisibleなコントロールと完璧なるマニュアルによって、ここまでやってきたのだよフリオ君。そしてマニュアルがなければ動けない人種になってしまったのだ。と、このフレーズは口に出しては言いませんでしたけれどね。いくら聡明な彼でも、10日あまりの滞在でそこまで見えるかといったら難しいかもしれないけど、望まないタイミングで人から教えられて夢を壊されるより、自分の目と肌で経験して確かめたほうが断然いいですもの。


さて開場と同時に中に入り、ロビーで仕事をしていると、スペイン・ラテン音楽研究の第一人者H先生やスペイン人フラメンコダンサーのAさん、私の通っているスペイン舞踊研究所主宰のO先生などが続々ご来場。私にとってこの「ロルカの歌」のコンサートはこれが3回目ですが、もちろん日本では初めての公演。CDも持っているけど、やはりライヴはいつもわくわくします。

カルメンを支えるバンドのメンバーは、ギター2本、ヴァイオリン、フルート、コントラバス、パーカッション、そしてパルマ2人。ほとんど私が知っているメンバーですが、パーカッションの女性は初めてでした(上手い!)。あとで聞いたら、前のメンバー“ガリ”は亡くなられたとのこと。私が彼と知り合ったときには、すでに肺がんにおかされていて、多分もう長くないと本人も知っていました。でもそんなことはまったく気にとめていないかのように明るく、すごく楽しい人で、私は大好きでした。天国でもきっと楽しくやっていることでしょう。安らかにお眠りください・・。

さて途中で、フリオがエレキコントラバスに持ち替えようとした瞬間、ハウリング発生。フリオ自身が手元で操作してもどうにもダメ、仕方なく彼は袖に消え、しばらくベースなしで演奏が続きました。一瞬ヒヤッとしたけれど、こういうアクシデントはライヴにはつきもの、どうってことはありません。少しして解決し、事なきを得ました。それにしても、前日にエキスパートがどうのという話をしたばかりだっただけに・・・私としてはちょっぴりばつが悪かったかな。

カルメンが歌いすすむにつれ、ステージも会場もどんどん熱を帯びていき・・・演奏会は休憩なしで9時過ぎまで続きました。ほんとに何回聴いても、いい!この素晴らしさを言葉にしようと思うけどなかなかできません・・・これはぜひ、また機会があったら皆さんにも聴いていただきたいです。

終演後は、メンバーのための特別バスに同乗してホテルまで戻り、ちょっぴりいい気分。ホテルのレセプション近くで「何か食べに行こうか」と話していると、ヴァイオリニスト・天満敦子さんをお見かけしました。ものすごくご無沙汰してしまっていた私は飛びあがって彼女を呼びとめ、ご挨拶。いつものようにとても気さくな天満さん「また、演奏会教えてね」と言ってくださいました。嬉しいお言葉です。こちらこそ、また聴きに伺います!

近くでラーメンを食べて、終電間際で帰宅。そういえば昨日も終電間際だったなぁ。疲れたけどいい1日でした。

火曜日, 9月 13, 2005

“哲学者”フリオ初来日


カルメン・リナーレスがSpanish Music Festival in Japan 2005の一環で来日、ツアー中。コントラバス奏者として彼女のグループに参加しているフリオと、感激の再会を果たしました。彼は作曲家・コントラバス奏者で、表面的ではないインテリジェンスを持つ人。共演したり、私の2枚目のCDにコメントを寄せてくれたり、また、音楽にしろなんにしろ深さの点でリミットのない話ができる、尊敬する友人のひとりです。

東京公演の始まる前日のこの日は、スペインからの友人を連れて行くのがもはや恒例となってしまった、渋谷の某沖縄料理店へ。沖縄料理はヘルシーだし種類も豊富、食材も珍しくて美味しいと、いいことづくめ。誰を連れて行っても困ることはありません。

彼は空港に到着した時点から、すべてが完全にオーガナイズされている日本社会に驚きを隠せないといった様子で、今のところは居心地がいいようです。スペインとの大きな違いは、各自の持つ責任感(しかも各自の立場に適合する)であると、彼は分析。それは確かにね。スペインでは、役所などに行っても訊く人訊く人それぞれが違うことを言うので、こちらは混乱するばかり。さんざん嫌な思いをした結果、「ボスを見つけて直談判するのが一番の早道だ」と学んだものです。

リハーサルでのことを引き合いに出しながら「スペインでは、100人いたら100人ともが、エキスパートのつもりで口を出すんだよな。でも実際は、エキスパートレベルの仕事はしない。ここはさすが、無駄のない答えが返ってくるし、彼らにまかせておけば安心だよ。いや実に気持ちがいい」

・・・何ごとにも表と裏の両面がありますから、どちらがいい、とは一概に言えませんが、「仕事が進む」「仕事がしやすい」という点では確かに、日本に軍配が上がるかも。

普段はカメラなど興味ないフリオも、国で待つ彼女のためにもさすがに渋谷の街は写真に収めておきたくなったようで、「ちょっとのあいだ観光客になるのを許してくれるか」。どうぞどうぞ、ここへ来れば誰でもそうなるのだから、気にしないで好きなだけ撮ってね。せっかくだから“センターガイ”やヤマンバちゃんも見せたかったのだけれど、平日だったので彼らの姿はまばらでした。

翌日は演奏会!その模様は次の日記で・・・

日曜日, 9月 11, 2005

6年ぶりの再会

11日 はカルラホールへ。かつてウィーンで何度か講習を受けたことのある、シュテファン・メラー(モェラー)氏のリサイタルです。前半は十八番(おはこ)のべー トーヴェン、ソナタ「テンペスト」と「ワルトシュタイン」。幻想的に始まる「テンペスト」の冒頭から、いつも耳にしているこのピアノの音と違う!温かくて 繊細・・・「ワルトシュタイン」では、構築性と疾走感が絶妙のバランスでベートーヴェンの世界を織りなしていき、お客様は大満足でした。

後 半は奥様との連弾で、シューベルト、モーツァルト、ブラームスで楽しませてくれました。アンコールが終わってから、花束を渡したときのメラー先生の 顔・・・私がいるとは思わなかったのか、目を見開いてびっくりなさっていました。私のほうは、彼の手がとても冷たかったのにびっくりしましたが。

さ て、終演後は、経堂駅に近いカルラ組行きつけ居酒屋へ。この日は、1年ぶりにイギリスから帰ってきた友人、我らがボスMさんも一緒で、私は彼女とメラー先 生にはさまれて座り、宴も盛り上がりの予感が。メラー先生に会うのはなんと6年ぶりでしたが、そんなブランクも感じられず、竹酒を酌み交わしつつ話が弾み ました。真顔で、ちょっと斜めなジョークが飛び出すのも相変わらず。奥様も若くて素敵な方で、よいパートナーと出会われてよかった、と私は心の中で祝福し ておりました。

さ てウィーンやハンブルグなどの音楽界の状況について話していたとき、奥様のスザンナさんが「ウィーンは今、閉塞的で憂えるべき事態にあり、この誰もが認め る音楽の聖地の行く先が心配だ」とおっしゃると、メラーさんはボソッと「いやっ、ぼくはそうは思わないケド・・・」、でも奥様には聞こえてない。う~んや はり、どこでも女性は強いのか。なんだか、微笑ましい光景でした。

おなかも酔いも程よいところで、お開き。メラーさんとの再会、そしてスザンナさんとの出会いに感謝し、お別れしました。今度は、ウィーンで会いたいなぁ。

金曜日, 9月 09, 2005

ある1週間の生活

28日、NHKのスタジオにて、スペシャル番組のための音楽録音。29日赤坂のスタジオにて伴奏合わせ、30日、チェロの伴奏で平井丈一郎先生監修の演奏会に出演。31日、ピアノ練習に加え事務雑務に精を出して、夕方は去年12月に共演したサクソフォニスト・容子さんが遊びに来ました。祝・ご結婚!91日、次の作品の翻訳に着手。2日の午後はお弟子さんをレッスン、その後、当マンション・本の読み聞かせサークル主催で開かれた「お楽しみ会」にて、子供たちに絵本を朗読。

3日、朝9時から太極拳。数時間ピアノに向かってから、昼食もそこそこにフラメンコスタジオへ。充実のレッスンのあと水分を補給し、新橋の「ギャラリーKYO」で開かれている日韓共同アートプロジェクト、AM(artists&models) ~日本人アーティストと韓国人モデルのコラボレーション~ のオープニングパーティーへ。

友人のlittle fishさんがコミック作品で参加していて、ワインを飲みながら彼やその友人たちと談笑。しばらくして、フランス人アーティスト・ボワレ氏とオレリアもやってきて、後半はみんなで床に座り、3グループによるライヴパフォーマンスをまったりと楽しみました。アットホームでなかなかよかった。

ライヴ終了後、10人ほどで近くのモツ料理店へ。「もつ福」というその名前に、フランス人2人「Bonheur de tripes!?」と大受け。私はウコン焼酎割りを頼み、モツ料理の数々を美味しくいただき、終電間際に帰宅。2時少し前就寝。

4日、京都から東京へ着いたパコ・ファミリー(パコについては7/20の 日記をどうぞ)、彼の友人で、私の友人(チェリスト)の生徒さんでもあるKさんと、「丸ビル」でランチ。ひと月ほど前から東京で仕事の研修をしているサラゴサ出身の友人・ホセルイスも電話で呼び出し、合流(彼も、サラゴサでパコの日本語講習を受けていました)。夕方、後援会の会報制作についてKさんと打ち 合わせのため、吉祥寺へ。基本的な体裁のメドがたったところで、私の歌唱力判定との名目でカラオケに行き、歌いまくったのち、強い雨のなかを帰宅。その 後、1時半まで翻訳、2時就寝。

5日、午前中は家事、ピアノ、事務処理。お昼過ぎ、忘れ物をして2回も家に戻る、というおっちょこちょいをしながらも、日本画家の福田さんのアトリエへ向かい、なんとか定時に到着。この日は、私をモデルに描いていらっしゃる作品のため、顔のデッサンです。「本当は、モデルの方に途中段階の絵をお見せすることはめったにないんだけど・・・」とおっしゃいながら、大きさが畳2枚ほどもある下描きを見せてくださいました。ピアノの横に立つ私は、実物よりも大きい!これが、彩色され作品となって、展覧会場の壁面にかけられるなんて・・・夢のようです。会期が近くなったらまた、皆様にお知らせいたします!

この日は、同席なさっていた刀研師のS先生に、数年後伊勢神宮に奉納されることになる宝刀を見せていただきました。これで見納め、奉納されたらもう、人目に触れることはないのです。ずしっと重く長い直刀、不思議なエネルギーを感じました。夕食をご馳走になり、帰宅。少々ピアノに向かい、その後は翻訳。しかし、5ページ進んだところで眠気に負け・・・メールをチェックして、おとなしく1時に就寝。

こんな感じで続く、日々であります。

金曜日, 9月 02, 2005

虫の声

先日、渋谷の沖縄料理店にて友人SYとお食事しました。我ら3人は、8年ほど前に行っていたフラメンコのクラスで1年弱一緒だっただけなのですが、なぜかとてもウマが合い、今でも年に23回のペースで集まっては大いに食べて飲み(3人とも男性顔負けの食べっぷりなのです)、かつ笑いまくって、女子高生も真っ青の盛り上がりとなります。

Sは大手建築会社に勤め、ただ今一級建築士めざして試験勉強中、Yは女性だけの職場でバリバリ働き(その分お休みは年に数日しかない)、自分のマンション購入を計画中・・・という具合に、2人とも初めて会ったころより頼もしくなったけど、いつ会っても全然変わらずピカピカしていて、とっても元気になれる友達なのです。

そのSちゃんはいつも、人とはちょっと変わった点に興味を持つ人。この日も「ミンミンゼミって、5回目で「ミ~ン」が止まるよね!?今度確かめてみて」とか、「ツクツクボウシは『ホーシ・ツクツクホーシ・・・』って、実際はホーシから鳴き始めるよね?!」とか。Yちゃんと私は「う~ん、そうかも」「今度、気をつけて聞いてみる」と素直な反応。それをきっかけにセミの話になりましたが、Sちゃんの疑問はさらに続き「セミって、どーしてあんなに大きな音を出せるんだろうね?なんで?どうなってるの?」

私「羽をこすってるんでしょ?」S「でもさ、それだけでなんであんなに大きい音になっちゃうの?」Y「確かに不思議」

その後、毎日セミの声を聞きながら「ミ~ン」の数を数えてみたけど、時々6回のも7回のもいました。でも確かに、5回で止まるのが平均のようです。

<*ツクツクボウシについて非常に興味深いページを発見!題して「ツクツクボウシはどう鳴くか」。ツクツクあと先問題のほか、鳴き方を「序奏・主奏、変奏、終奏」と分けて曲にした解説も。どういうしくみで鳴いているかもわかります。さっそくSちゃんに教えてあげよう。>

さ て日本語は擬音語、擬態語が豊富ですが、特に「自然」が奏でる音、虫や鳥などの鳴き声の表現がとても面白いと思います。先ほどのツクツクホーシ(つくつく 法師)とかうぐいすのホーホケキョ(法・法華経)、仏法僧(と鳴くのは、ブッポウソウではなく実はコノハズクだそうですが)などと、日常耳にする音を仏教 的に聞いた人たちがいた時代の空気を想像するのが好き。しかしこれ、翻訳の折にはとっても苦労する点なのです。

こ の夏、「日本」がテーマの漫画短編集をスペイン語に訳していたときのこと。ある作品は吹き出しがほとんどなく、パッと見「これは楽!」と思いました が・・・とんでもない。出てくるのはきりぎりす、クツワ虫、松虫、鈴虫、などの昆虫の名前、早速調べてみたものの、スペイン語ではもう大ざっぱに、〈コオ ロギか、バッタか〉くらいの分け方しかないのですね。「あ~ん、みんな“コオロギ”になっちゃう!でも違う虫なのっ、鳴き方が全然違うのよ~ッ」

ま た、日本人なら、松虫は「チンチロリン」、鈴虫なら「リーリーリー・・」と、鳴き声の音色やその季節感まで思い浮かべることができますが、これやっぱり日 本特有の感覚なんですね。ここに<日本>があるのだから、鳴き声もなるべくそのままうつしたいと思うのですが、そうすると、ただでさえ擬音語が乏しい国の 人々がイメージできる「虫の声」の範囲を逸脱してしまい、「何じゃこりゃ?」となりかねない。悩むところです。

さて今年はかなり耳についたセミの声ですが、8月の終わり頃からは地面でひっくり返っている姿をよくみかけるようになり、とうとう聞こえなくなりました。朝夕に聞こえる虫の声も、少しずつうつりかわっています・・・

あぁ、もう夏も終わりなんですねぇ。

土曜日, 8月 20, 2005

朝は中国、午後スペイン・・・


土 曜日は太極拳の日。コンサートが入ることも多いので皆勤とはいきませんが、気がつけば、始めてから1年半が経とうとしています。太極拳は、型どおり動かせ ばよいラジオ体操と違い、ひとつの動作を限りなく深く突きつめていけるところに面白さがある、とは先生の弁。その言葉どおり、体重のかけかた移しかた、 ちょっとした足の向き、指先の意識、視線などなど、回を重ねるにつれコメントも細かくなっていきます。最初のうちは、1時間強の練習を終えたらももがパン パンになるような状態でしたが、最近は余裕が出てきました。でも、ちょっと怠けるとその分身体も後退してしまっていて・・・やはり、何事も続けることが大 切ですね。

そ して、今日は先生か ら嬉しい提案が!10月から、希望者は「扇」を使った太極拳にも入るというのです。そのうち簡化42式にも進むのですが、その前に演武として見ても楽しい 扇を、と、先生は早くも来年の当マンション夏祭りでの披露を念頭においている様子。一度、小金井公園での太極拳デビューのときに先生の表演を見たことが あったけど、優雅かつ武道的でステキだった!あぁ、早く私も扇が持ちたい。バラッ、バラッとかっこよく開いたり閉じたりしたい!秋が待ち遠しくなりまし た。

さ てさて、実はわたくし、フ ラメンコ(舞踊)を再開しています。スペイン古典舞踊・民俗舞踊を習得したくて探し当てたスタジオでしたが、そのクラスを見学に行ったらレベルが高すぎ。 まるで舞踊団のようで、6年のブランクがある私はついていくのは100%不可能、と先生に相談し、土曜の初級クラスから地道にやっていくことにしました。

し かし、初級といえどあなどるなかれ。以前通っていたスタジオはどちらかというとお遊びムードがあり、和気あいあいでしたが、ここでは誰もが真剣、言葉も交 わしません。それに実際は初心者はほとんどいず、かなりのレベルなので、基本的な動作はしつこく繰り返すようなこともしません。多少あったはずの経験も消 えうせゼロに近い状態の私は、週1回では追いつかないという感じですが、なんとか、くいついていきたいと思います。

そ のようなわけで、土曜は身体を動かす日。翌日曜日は、肩の付け根がちょっぴり痛むのですが、これもそのうちなくなることでしょう。ピアニストというのは、 長年続けてきた姿勢(鍵盤のある前方に腕を出す)のために肩がどうしても内側に入ってしまっているので、フラメンコなどの舞踊で肩を広げて姿勢を正した り、普段とは逆の方向に筋肉を使ったりするのはよいことなのです。だから「背泳ぎ」も有効。ともかく単純に、身体を動かすって気持ちいいですね!

日曜日, 8月 14, 2005

めだか狂騒曲


夏祭りの季節!花火大会は峠を過ぎてしまいましたが、まだまだ、東京でもいろいろなお祭りが楽しめます。家の近所でも、地域活性化計画の一環なのか、毎週のようにお祭りがあり、なかなか楽しめています。

さ て先日、駅から歩いて帰宅しようとすると、駅前からのびる商店街でのお祭りに遭遇。この辺りは太鼓が盛んなのか、多くの太鼓愛好団体があるのですが、祭 りとくれば太鼓はつきもの。この日も、おそろいのはっぴに鉢巻姿のうら若き女性たちが、かっこよく太鼓を披露していました。その日はちょうど、友人のスペ イン人親子と一緒だったので、彼らも思いがけないイベントに大喜びでした。

そこで、お姉さんがめだかを売っていて、ちょっと気になり立ち 止まってみました。犬や猫は飼いたくても飼えないけど、めだかちゃんなら・・・と思ったの で、市価の半額になっているというシロメダカを2匹、いただいてきました。水草もちょっとわけてもらい、水のこと、えさのことなどを聞いて、ルンルンと持 ち帰り。とりあえず、ガラスの花瓶に移すと、まだまだ小さく、透き通るような体で、元気に泳いでいるみたいでした。

さてそこから。お姉さ んは、エサはいらない、水も1週間に1度半分換えればよい、と言ってたけど・・・念のため、インターネットで「めだかの飼い方」を検 索。すると・・結構、細かいことが書いてあるじゃあありませんか。ずっと花瓶では、どうもかわいそうらしい。糞を分解するためには砂をしいたほうがよいと か、メダカ用のえさを1日1~2回食べきれる分だけ与えるべし、とか・・・。

早速、わがメダカさまたちにとってまあまあ快適で、こちらの お財布もあまり痛くない、という程度の環境をつくるため、LOFT、東急ハンズを回りまして物 色開始。砂ひとつ選ぶのに、あれでもない、これでもないと大騒ぎ、なんか楽しい!体調1cmに満たないメダカ相手にこれなのだから、犬をお持ちの方の気持 ちはいかばかりか。

そんなこんなで、水槽、砂、めだかのえさ、めだかの水などを購入。水草を買ってこなかったのはちょっと失敗。とりあえ ずは、今あるもので我慢です。新居に 引っ越した彼らの名前は、フレディとアミィに決定!(仕事関係の友人2人《フランス人、イスラエル人》から、勝手に名前をもらっちゃいました)
さてこの2匹、つがいなのかな?

月曜日, 8月 08, 2005

広島にて・2


さて、前回書ききれませんでしたが、今回広島に行った目的は、NHK主催の<平和巡礼2005>というイベントでした。「広島原爆の日」に当たる86日、平和記念公園に1万人の観客を入れての野外コンサート(式典以外のイベントに開放されるのは初めてのこと)、日本のテレビチャンネルでの放映のほか、インターネットを通じて世界に中継されました。

世界各国から集まった若い音楽家たちと、地元・広響のメンバーによって、この広島・長崎「平和巡礼」1回限りのために結成されたワールドユースオーケストラを、佐渡裕さんが指揮。このコンサートの原点は、20年前にバーンスタインが広島で行った「平和コンサート」にあり、バーンスタインの最後の愛弟子であった佐渡さんにとって、今回のコンサートはやはり大変思い入れがあるようでした。

そ して、「世界平和を訴えたい」という共通の思いのもとに集まったソリストや俳優の方々――ミーシャ・マイスキーさん、五嶋龍さん、佐藤しのぶさん、佐野成 宏さん、キュウ・ウォン・ハンさん、槙原敬之さん、吉永小百合さん、平幹二郎さん――とともに、素晴らしい音楽を作り上げていきました。

リ ハーサルから全部聴かせていただき、若い外国の演奏家たちが、初めて日本にやって来て、「ヒロシマ」を体験することで、徐々に変化していくのがとても印象 的でした。それから素晴らしかったのが、広島市民の合唱。バーンスタインの「カディッシュ」などの難曲も完璧にこなし、また<川よとわに美しく>といった 広島にしか歌えない歌、これはほんとうに「思い」が伝わってきて、聴くたびに目頭が熱くなるほどでした。

コンサート当日の朝は、5時半に起きて平和記念公園へ。8時から行われる式典の席を確保するためです。2時間以上座ったまま待ち、やっと式典が始まりました。屋根のない席、8時台でも広島の太陽は容赦ありません。もう暑さで倒れそう、本当に意識を失うかと思いましたが、「あの日」はこんなものではなかったのだ、こんなことくらい我慢しなくてどうするんだ・・という気持ちで、耐えていました。

夜のコンサートは、少々雨もぱらつきましたが、感動的なものでした。総勢200人 近い演奏家、歌い手がステ-ジでひとつとなり、佐渡さんの入魂の棒のもと一期一会の音楽をつくっていきます。<川よとわに美しく>の演奏前、被爆された合 唱団メンバーの一人がお話されました。「あの朝、自分は親友と立ち話をしていた。一瞬の閃光、ものすごい爆発音。そして意識を失った。気がつくと、まわり は地獄絵図と化していた。人々は丸裸に真っ赤な皮膚をたらし髪を逆立てて、幽霊のような姿。さっきまで話していた親友は、目の前で亡くなっていた。が、自 分には服が残っている。皮膚もある・・・それは、爆発の瞬間、自分が親友の陰にいたためだった。今夜は、友のために歌います――」

結 局、自分ひとり何をしても無力ではないか・・・と思ってしまいがちな現在の世界情勢ですが、たったひとりの行動が大きな波になることもあります。夢物語か もしれませんが、「音楽には力がある」と、あの場にいた全ての人が確信したと思います。音楽は楽しい。でももっと、何か・・・それを追い求めていきたいと 強く感じさせてくれた、広島の日々でした。

広島にて・1


1週間、広島にいました。噂どおり、東京よりかなり暑い!朝早くから夜までジャージャーと泣き続けるセミの声が、さらに暑さを演出します。

終 戦60年という記念の年―― 「原爆の日」を前に、広島は一見穏やかに見えました。整理された道路、広い歩道。ゆっくりと走る市電が、懐かしい雰囲気をかもし出しています。でも・・・ どうしても重なってしまう「あの日」の光景。街に出れば常に、「60年前」に思いをはせずにはいられませんでした。

初日はなにはともあ れ、平和記念資料館へ。50円という入館料(すばらしい!)を払い、地下から順にみていきました。被爆者の方々の平均年齢は、今年73 歳を超え、ここのところ、原爆にまつわる思い出の品を後世に伝えたい、と資料館に寄付なさる方々が増えているそうです。展示してあるものそれぞれに物語が あり、それぞれの持ち主の人生があり・・・そして、一瞬にしてもたらされた地獄がありました。それは実に重い、「事実」でした。
進んで行くうちに、やりきれない気持ちになり、それでも目をそらすことや足早に過ぎることなど出来ず・・・入ってから3時間半が経ち、閉館のアナウンスが流れても、まだ館内全部を見終わってはいないほどでした。

ス ペインのある新聞への記事のために無作為に行ったインタビュー取材では、平和記念公園の近くで偶然、被爆者をご家族にお持ちの方にお話を聞くことが出来 ました。記念館に被爆に関する品を寄付しにいらっしゃったお兄様を、木陰でお待ちになっているところだったその方は、広島に原爆が投下された当時2歳。ご 自身は疎開していたため直接被爆はされなかったものの、お母様は、ご家族を探しに爆心地近くまで来て被爆。お兄様は、学徒動員で働きに出ていた同級生が全 員即死、ご本人はその日、疎開の準備で家に残っていて、一人助かってしまったのだといいます。

外国人の視点からは、「アメリカにうらみはあるか」という質問がどうしても出てくるので、答えはわかっていつつもお尋ねしました。
「うらみ?そんなもの持ちようもない。あちらは戦勝国、我々は見込みのない戦争をやった。それが全てだ。戦争とは、そういうものだよ。そして、一部の指導者のせいで大迷惑をこうむるのは、いつも一般市民なんだ。」

その方と別れ、橋を渡りました。あの日、多くの方が煉獄のなかを水を求めてたどりつき、力尽きて重なるように死んでいった川。その上を今、のんきに渡っている自分がいて・・・ふと、長いと思っていた「60年」という時間が、一瞬縮んだように感じました。
広島の人々は、このような強烈な現実のなかで日々生活しているのだ、と思うと、「広島に生まれる」というのは今でも特別な意味のあることなのだ、という気がしました。

世界遺産となった原爆ドーム。サダコの折鶴。声を荒げることなく、青空の下静かに平和を訴える「ヒロシマ」―― その心を、いつまでも世界に発信し続けてほしいと、切に思いました。